書評

『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』(文藝春秋)

  • 2019/08/06
三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録 / 太 永浩
三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録
  • 著者:太 永浩
  • 翻訳:李 柳真,黒河 星子,鐸木 昌之
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(492ページ)
  • 発売日:2019-06-13
  • ISBN:4163910387
内容紹介:
イスラエルとの極秘交渉。日朝平壌宣言の内幕。金正恩が粛清を続ける意外な理由。北朝鮮外交を裏の裏まで熟知する著者が全てを書く。

亡命外交官が語る舞台裏

著者は二○一六年七月、イギリスの北朝鮮大使館を脱出して韓国に亡命した元駐英公使。歴代最高位の亡命外交官だ。金正日、金正恩政権の舞台裏を、外務省を中心に証言していく。

本書で初めて、なるほどと思ったことが多い。第一。北朝鮮の核開発は、冷戦崩壊よりずっと前、朝鮮戦争時に始まった。原爆投下の噂(うわさ)が広まり、人びとは争って南に逃げ出した。金日成は原爆の心理的効果を思い知った。核開発が、体制存続をかけた至上命題になったのだ。

第二。三階書記室の権力。北朝鮮の組織は完全な縦割りで、横のつながりがない。首領のいる三階建ての建物の、書記室が各組織の提案を整理し、決裁をあおぐ。書記室は立案能力はないが、絶大な権力をふるう。

第三。金日成・金正日ツートップ体制の、実権は金正日にあった。報告や提案はまず金正日に集まり、あとで金日成にあげられた。金日成が亡くなっても体制はびくともしなかった。

第四。金正日は外務省が舌を巻くほど、透徹した見通しをそなえていた。韓国で金大中政権が成立し、太陽政策と南北対話を掲げた矢先、出鼻をくじくように金正日はミサイルを撃ちあげた。なぜなのか。だが、やがて狙いが明らかになる。イスラエル大使と面会し、交渉せよと著者は命じられる。実はアラブ諸国に、ミサイルを一○億ドルで売ってくれと頼まれました。イスラエルが一○億ドル出してくれれば、売るのをやめてもいいですよ。交渉はまとまらなかった。が、イスラエルはアメリカに通報したろう。するとアメリカはミサイル開発をやめさせたくて、南北首脳会談を後押しするはず。北朝鮮の思惑通りにことが運ぶというわけだ。

第五。金正恩のコンプレックス。金正恩は金日成と一緒に写っている写真が一枚もない。母高英姫は元在日朝鮮人で、金日成に息子の嫁として認められなかった。金正恩は生母の名前をいまも公表できない。異母兄の金正男や彼の後ろ楯の張成沢を恨んだのも、こうした事情と関係があるだろう。

第六。北朝鮮外交はなぜ優秀なのか。独裁政権なので、政策の継続性がある。著者の出身校である平壌外国語学院などエリート教育が整っている。常に崖っぷちなので鍛えられる。党組織の総括や相互監視で規律が保たれている、などなど。

第七。粛清の実態。粛清は、政策の失敗や指導者の責任を覆い隠すタイミングで起こる。北朝鮮では、中央党組織指導部が政府機関の人事権や処罰権を握っている。至るところ盗聴器があり、失言すれば国家安全保衛部に引っ張られる。「深化組事件」は九○年代末、食糧難から国民の目をそらせようと金正日が起こした粛清で、社会安全部総政治局が摘発の先頭に立った。一段落すると、今度は手の平を返すように、保衛部と人民軍保衛司令部を使って、当の社会安全部を粛清させた。

このほかにも興味深い話が満載だ。外交や安全保障に興味があるなら、見逃す手はない。

北朝鮮という国の内情をつぶさに知るほど、この国が他国と異なる社会秩序に支配されているとわかる。核心階層/基本階層/動揺階層/敵対階層、の区別がある。金正日が実権を握ってから平壌に資源が集中し、地方は差別されている。美しい少女は「五課対象」として選抜され、芸術部門や高級幹部への服務部門に配属される。社会主義どころか北朝鮮は封建社会、奴隷社会だと著者は言う。

亡命した著者は、祖国統一を願って奔走している。その努力が実ることを祈ろう。
三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録 / 太 永浩
三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録
  • 著者:太 永浩
  • 翻訳:李 柳真,黒河 星子,鐸木 昌之
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(492ページ)
  • 発売日:2019-06-13
  • ISBN:4163910387
内容紹介:
イスラエルとの極秘交渉。日朝平壌宣言の内幕。金正恩が粛清を続ける意外な理由。北朝鮮外交を裏の裏まで熟知する著者が全てを書く。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年7月14日

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