書評
『父・金正日と私 金正男独占告白』(文藝春秋)
じつは賢かった長男・金正男
金正日が急死して2カ月。三男の正恩じゃなくて長男の正男が権力を引き継いでいたらよかったのに……五味洋治の『父・金正日と私 金正男独占告白』を読んでの感想だ(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2012年2月)。著者は東京新聞の編集委員。朝鮮半島情勢が専門だ。金正男と北京の空港で偶然出会ったことから、メールのやり取りをはじめ、ついには長時間のインタビューをおこなうにまで至る。本書には150通のメールとマカオでのインタビュー、そして北京での再会の様子が書かれている。
金正男といえば放蕩息子のイメージが強い。派手なファッション。酒池肉林。ギャンブル三昧。貧困にあえぐ独裁国家・北朝鮮とは、あまりにも対照的だ。
だが、五味のメールに答え、インタビューを受ける金正男はスマートだ。少なくとも、どこかの国の世襲政治家たちよりは賢い。
金正男が政権中枢を追放されたのは、父親に改革・開放を進言したからだ。北朝鮮を破滅させないためには、海外からの投資を呼び込むしかないと考えてのこと。9年に及ぶ留学や中国滞在経験からの結論だ。しかし、金正日はその提案を受け入れなかった。
もっとも、金正男自身は、自分が権力を受け継ぐことに否定的だ。「3代世襲」など国際社会の物笑いになるし、父・正日自身も否定的だった。では、なぜ正恩に世襲したのか。そうしなければ、国が持ちこたえることができない、と考える人びとがいるからだ。
日本の近代史の本を読むと、現在の北朝鮮が戦時中の日本によく似ていることに気づく。大日本帝国の支配者たちがポツダム宣言の受け入れに躊躇したのは“国体”の護持のため。“国体”を金王朝と入れ替えれば、政権中枢の人びとの不安がよくわかる。
「正恩は単なる象徴となり、これまでのパワーエリートが実権を握るだろう」というのが正男の見通しだという。そうだ、金一家を“象徴”にしておいて民主化という手があるじゃないか。
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