後書き

鼎談書評 (文藝春秋)

  • 2017/10/11
鼎談書評 (1979年) / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評 (1979年)
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • ASIN: B000J8ET3C

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

三人の読書会

読書会といふものをはじめてしたのは、昭和十九年の四月に旧制新潟高等学校にはいつたときでした。テクストはたしか夏目漱石の小説(『三四郎』だったでせうか)で、二年生数人の指導の下に、一年生十数人が読後感を述べあふ。何かの用で遅れて来た、体の大きな二年生が、ほかの二年生とは段ちがひに鋭いことを言つて、たちまち一座を牛耳るかたちになつたことを覚えてゐます。その二年生は樺太出身の人で、綱淵謙錠といつた。つまり後に直木賞作家になる人です。

かういふ調子の会を、高校を卒業するまでにずいぶんたくさんやりました。みんなで活発に論じあつてうまくいくときもあるし、どうにも話がはづまなくてぜんぜん駄目なときもありましたけど、概して言へばなかなかおもしろかつたやうな記憶があります。空(くう)に論じ合ふのではなく、テクストといふ具体的な前提があるだけに、論点がはつきりして具合がいいのでせうね。新潟高校におけるわたしの同級生は、いま美術評論家である中山公男、朝日新聞にゐる百目鬼恭三郎、読売新聞にゐる小檜山俊、文藝春秋にゐる池田吉之助など、読書家そろひでしたから、彼らにはずいぶんしごかれました。

東大の英文科にはいると、今度は輪読といふのをやつた。小人数で、英語の本に訳をつけ、意味を論じあふのですが、あれも一種の読書会でせう。最初のテクストはエリオットの『荒地』で、次はジョン・ダンだつたと思ふ。本郷の喫茶店で、コーヒー一杯かせいぜい二杯でねばりながら、二時間も三時間も口角泡をとばすのですから、店としてはたまつたものではないでせうが、厭な顔をされたことはありません。こつちが鈍感だつたのかもしれない。輪読の相手は、いま批評家兼大学教授になつてゐる篠田一士や、スペインと日本を行つたり来たりしてゐる永川玲二、それから研究社にゐる上田和夫などでした。

さらに、国学院大学に勤めて数年たつと、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』の輪読をはじめた。これは毎週一回、十年近くもつづけたのではないでせうか。顔ぶれは、最初のうちは、永川、いま東大にゐる高松雄一、都立大にゐる小池滋と沢崎順之助などで、しばらくすると、大沢正佳(これはいま中央大学にゐる熱烈なジョイスィアン)も加はつた。たしか、夕食に安い鰻重をフンパツして、それからはじめたやうに思ひます。何しろ大きな辞書をバタンバタン引くので、体力をつける必要があつた。どちらの輪読も、いつしよに読んでくれるのが秀才そろひなので、わたしには非常にためになりました。これを逆に言へば、わたしはかなり足手まとひだつたに相違ない。(これは謙遜では決してないのですが、謙遜だと取つて下さつても結構です。)

この三つで読書会は終つたと思つてゐたやうな気がします。何もさうはつきり、意識の表面で思つてゐたわけではありませんが、振返つて考へると、そんなふうに感じてゐたふしがある。

ところがある日、「文藝春秋」編集長の半藤一利さんが現れて、三人で鼎談書評をやつてもらひたいといふ話だつた。半藤さんとは、昔、新宿の酒場でしよつちゆう出会つてゐた仲なので、何となく引受けてしまひ、かうしてわたしは、木村尚三郎、山崎正和といふ、当代を代表する知識人と、毎月一回、三冊の新刊書について語りあふことになりました。十数年ぶりの読書会です。もちろん今度は「文藝春秋」がついてますから、コーヒー一杯か二杯でも、鰻重一つでもありませんけど。

山崎さんとわたしは、前に「歴史と人物」で連載の座談会をした仲なので、お互ひに調子が判るのですが、その点、木村さんはどちらにも馴染みが浅いので、はじめはちよつとまごついたかもしれません。しかし、さすがに毎日、大勢の古人今人とつきあつてゐるだけあつて、すぐにわれわれの語り口に慣れてしまひ、あるいは山崎さんの鋭利にしてかつ理路井然たる話に耳を傾け、あるいはわたしの軽薄にしてかつ騒然たる漫談を巧みにあしらひながら、いろいろと実のある話をしてくれました。

この連載座談会はなかなか好評だつたやうで、最初は半年といふ予定だつたのが一年に伸び、たうとう一年半もつづけてしまひました(「文藝春秋」昭和52年11月号~昭和54年4月号)。これは、半藤さんの企劃の妙もさることながら、やはり木村さんと山崎さんの学識と人柄によるものでせう。わたしが述べた意見など、どうもあまり大したことのないものですが、それでもこの二人が相手でなければ、これだけ自説を主張できたかどうか疑はしいと思ひます。つまりこの鼎談書評では、自由にそして楽しく語り合ふ場がうまく出来あがつてゐたらしい。幸運なことでした、おかげでわたしは談笑の間にいろいろと、世界について人生について学ぶことができた。

座談会といふのは、速記者および整理の力の力に負ふところが極めて大きいものです。といふよりもむしろ、この二つの段階がよくなければ、いくら出来のいい座談会もたちまち駄目になつてしまふ。速記者の方々とそれから担当の編集者(「文藝春秋」編集部の重松卓、藤田瞭彦、浦谷隆平の三氏)に心から感謝します。
鼎談書評 (1979年) / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評 (1979年)
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • ASIN: B000J8ET3C

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