後書き

『政治参加論』(東京大学出版会)

  • 2021/02/08
政治参加論 / 蒲島 郁夫,境家 史郎
政治参加論
  • 著者:蒲島 郁夫,境家 史郎
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2020-12-11
  • ISBN-10:4130322311
  • ISBN-13:978-4130322317
内容紹介:
日本人は政治にどう関わってきたのか.政治参加の理論を解説するとともに,第二次世界大戦後,現在に至るまでの日本人の政治参加の特質を実証的に明らかにし,その問題点を浮き彫りにする.名著『政治参加』(1988年)を全面的に刷新.
日本人の政治参加の特質を実証的に明らかにし、その問題点を浮き彫りにした名著、蒲島郁夫『政治参加』(1988年、東京大学出版会)が出版されてから30年余りが経過しました。このたび、蒲島先生と境家先生の共著で上梓された『政治参加論』は、前著を前面的に刷新した決定版といえます。お二人による「あとがき」を特別公開いたします。

  

『政治参加論』あとがき

本書は、1988年に出版された蒲島郁夫著『政治参加』(以下、便宜的に「旧版」と呼ぶ)の改訂版として企画された。旧版は、90年前後における日本政治学の到達点を示した「現代政治学叢書」の一冊であったが、今回の大幅な改訂に伴い、本書は同シリーズと独立に刊行することとし、それに合わせてタイトルも変更された。

旧版は幸いにも出版以来多くの読者を得て、長い間、大学教育の場で教科書として使われてきただけでなく、日本人の政治参加に関する研究の最前線でも常に参照されてきた。しかし発行から三十余年(元号が2 度も変わった)を経て、さすがに事例の古さが目立つようになったこと、また近年、政治参加をめぐる内外の研究が進展し、実質的にも付け加えるべき内容が生じたことから、この際、抜本的なバージョンアップが図られることになった。

この三十余年の間に、日本人の政治参加、日本の政治経済システムのあり方は、対照的と言えるほどに大きく変化した。旧版の主眼は「支持参加モデル」の提示にあった。それは、わが国が惨めな敗戦から立ち上がり、世界第2位の経済大国として不動の地位に就いたとみられた、「金ピカの時代」に提示された理論であった。しかし、旧版の出版からほどなくして、バブル崩壊があり、日本は長期停滞に沈むことになった。そのメカニズムを、本書では政治参加と関連させ、「逆リベラル・モデル」として提示した。1990年代以降の経済的低迷、社会経済的不平等の拡大、政治的混迷、いずれも政治参加の縮小と参加格差拡大の結果であり、原因でもあったというのが議論の骨子である。

じつは、支持参加モデルによる日本の成功物語の終焉は、旧版ですでに予見されていた。旧版の結論部では、「経済発展のパラダイムに転換期が訪れ、産業構造、社会構造、国際システムが激しく変化している現在、われわれはどのような政治システムを模索すべきなのか。戦後の政治発展を特徴づけてきたわが国特有の政治参加システムがそのまま通用するとはとても思えない」と記されている(192頁)。この懸念の通り、支持参加モデルは1990年代以降の状況では通用しなくなり、2020年現在でもなお、日本はそれに代わる好循環のモデルを模索している。

政治参加のあり方を含む日本の政治経済システムに、後追いの発展途上国は強い関心を持ってきた(このことは、旧版が中国語に訳されたことからも分かる)。1990年前後におけるわが国の経験は、日本に範を取って発展を目指してきた国々にとって、今度は「反面教師」として重要な意味を持つであろう。また今後は、われわれ自身が90年前後のモデル・チェンジを認識した上で、逆リベラル・モデルを脱する手掛かりをつかまなければならない。本書がさらに改訂される機会があるとすれば、そのときは再び、支持参加モデルのようなポジティブな発展モデルを日本から発信したいものである。

 

この三十余年の間には、筆者たち自身の環境もまた大いに変わった。

蒲島はこの間に、筑波大学から東京大学法学部に移り、2008年からは熊本県知事へと転身した。現在4期目を担っているが、16年に起きた熊本地震に加え、新型コロナウイルス感染症との闘い、20年7月に起きた豪雨災害の三重苦の中で奮闘している。

その上、50年以上におよぶ熊本県政の大争点である、川辺川ダム問題が再浮上している。川辺川は、今回の豪雨で氾濫し、甚大な被害を与えた球磨川の最大の支流だが、尺アユが釣れる日本一の清流としても有名である。川辺川ダム計画が持ち上がったのは1966年のことで、当時3年連続で豪雨災害が生じたのが問題の発端であった。

蒲島は1期目就任から半年後に、民意を基に川辺川ダムの白紙撤回を表明し、国に「ダムによらない治水」を極限まで追求するよう求めた。地元の新聞社が行った世論調査によると、この決断を県民の約85%が支持し、流域住民の約82%が支持するとした。それから12年が過ぎ、ダム問題の対立は沈静化していた。

ところが2020年7月3日から4日にかけて、球磨川流域を記録的な大雨が襲った。流域内の12時間の降水量が観測史上1位を記録するなど、広範囲に大量の雨が降り続いた。球磨川は氾濫を引き起こし、県南地域を中心に甚大な被害が生じ、65名の尊い命が失われ、2名の方が行方不明となっている。100年に1度とも言われる大水害の発生を受け、熊本では沈静化していたダム問題が再び争点化することになった。

この状況で蒲島は、エリート民主主義と参加民主主義のバランスをいかにとるか、という難しい判断を現実政治の問題として迫られている。河川工学の専門家の間では、球磨川流域の安全確保のため、ダムの役割を肯定する意見が強い。他方で、参加民主主義に共感する蒲島は、県民・流域住民の意思を丁寧に汲み取りながら、今後の治水のあり方を決断したいと考えている。

丸山眞男氏は、現実とはいろいろな「可能性の束」であると表現している。一つの可能性が潰れたとしても、すべての可能性を否定して諦めてはいけないという教えである。ことごとく可能性が潰されていっても、一筋でも可能性が残っているならそれにかける価値はある。その可能性があることを信じ、最良の政策を模索する日々である。今後の球磨川の治水のあり方について具体的に意思表明するのは、ちょうど本書が出版される頃になるだろう。本書を改訂する機会があれば、その折に一連の経緯をすべて記したい。

境家は、旧版が出たときには小学生であった。その後、蒲島の講義に刺激を受けて大学院に進み、現在は蒲島の担当していた講座を受けもっている。同講座の担当者として着任したまさに同じ年に、教材となる本書を刊行できたのは望外のことである。

[書き手]
蒲島郁夫(熊本県知事・東京大学名誉教授)
境家史郎(東京大学大学院教授)
政治参加論 / 蒲島 郁夫,境家 史郎
政治参加論
  • 著者:蒲島 郁夫,境家 史郎
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2020-12-11
  • ISBN-10:4130322311
  • ISBN-13:978-4130322317
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日本人は政治にどう関わってきたのか.政治参加の理論を解説するとともに,第二次世界大戦後,現在に至るまでの日本人の政治参加の特質を実証的に明らかにし,その問題点を浮き彫りにする.名著『政治参加』(1988年)を全面的に刷新.

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