解説

『良き統治――大統領制化する民主主義』(みすず書房)

  • 2020/04/03
良き統治―ー大統領制化する民主主義 / ピエール・ロザンヴァロン
良き統治―ー大統領制化する民主主義
  • 著者:ピエール・ロザンヴァロン
  • 翻訳:古城 毅,赤羽 悠,安藤 裕介,稲永 祐介,永見 瑞木,中村 督 / 解説:宇野 重規
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(456ページ)
  • 発売日:2020-03-18
  • ISBN-10:4622088258
  • ISBN-13:978-4622088257
内容紹介:
いま民主主義は機能不全を起こしている。大統領制化する民主主義に展望はあるか。統治の歴史を明らかにし、民主主義の難問に答える。解説:宇野重規
私たちは、選挙で代表者を選ぶだけの「一日限りの主権者」でいいのだろうか? 現在、政治指導者に権力が集中する「民主主義の大統領制化」が進んでいるのではないか? このような問題意識から書かれたフランスの政治学者ロザンヴァロンの民主主義論『良き統治』。本書の邦訳刊行に際し、東京大学教授、宇野重規氏による解説の一部をお届けします。

「良き統治」とは何か――独裁化するポピュリズム政治家の暴走に歯止めを打ち立てるには

『良き統治』という本書のタイトルを見て、「随分と時代がかっている」という印象を持つ読者もいるかもしれない。何より「統治」という言葉が、今日ではあまり耳慣れないものとなっている。どこか古めかしく感じる方がいてもおかしくないだろう。

「統治」の原語はフランス語のgouvernement、 英 語 で い え ばgovernmentで あ る。 一 般 に は「政府」という組織を指す言葉として理解されることが多いが、この言葉はもともと、「統治する」を意味するgouverner(フランス語)やgovern(英語)が名詞化したものである。その意味では、この言葉は文字通りには「統治すること」を指す。まさに、統治者が被治者を「統治する」という行為それ自体に着目したのがこの言葉である。しかしながら、いつの日か、gouvernementやgovernmentはむしろ、統治のための組織や構造を指す言葉としてもっぱら理解されるようになった。

その背景には、いうまでもなく、民主主義の発展がある。かつての絶対王権の時代ならばいざ知らず、今日では人民が主権者となり、民主政治が実現している。一人ひとりの市民が自らの自由や権利を擁護するために政府を組織したのであり、そのように組織された政府の権力は民主的な統制に服している。ある意味で、主権者としての集合的な人民が、自分たち自身を統治しているのが民主政治であり、それは自己統治に他ならない。そうだとすれば、自分たちで自分たちのことを律しているのであり、その限りでは「統治」という、上位者が下位のものを支配するという垂直的なイメージにはそぐわない。このような理解が広まった結果、gouvernement/governmentという場合、「統治」という含意は後景に退き、もっぱら「政府」という組織がイメージされるようになったといえるだろう。

しかし、本書の著者であるフランスの政治学者ピエール・ロザンヴァロンは、今日の民主主義を論じる上で、あえて「統治」という視点に注目する必要があるという。民主主義の下でも、「統治」という問題は残る。いや、現在、かつてないほど「統治」のあり方やその質が厳しく問われなければならないとロザンヴァロンは強調する。

その理由の一つに、現代民主政治において執行権の力が強大化し、「民主主義の大統領制化」が進んでいることが挙げられる。その意味で、従来の立法権を中心とした民主主義論は、大きな転換を迫られているのである。現代において、民主主義といえばもっぱら代議制民主主義がイメージされるが、その場合にポイントとなるのは、いかにして社会に存在する多様な利害を、政党を通じて国政に反映させるかである。しかしながら、このような視角は、「統治」そのものを検討する上では十分ではない。今こそ、いかなる統治が「良い」のか、この問題をストレートに問い直すべきであるとロザンヴァロンは主張する。

ロザンヴァロンはこの問題をきわめて広い射程において捉えている。一例を挙げれば、ロザンヴァロンは「良き統治」をめぐる議論の起源を求め、ヨーロッパ中世における君主のための教育書である「君主の鑑」(あるべき君主の姿を描く文学の一ジャンル)にまで遡っている。そこまで遡らなくても、本書における議論の中心はフランス革命以降の時代、とくに二〇世紀以降にある。その間、多くの啓蒙思想家やフランス革命の当事者たちの想定に反し、政府の権力の中心は立法権ではなく、次第に執行権へと移っていった。その過程を綿密に検討しているのが、本書の真骨頂である。

が、意外にロザンヴァロンの問題関心の出発点は現代世界にあるのかもしれない。今日の世界において目につくのは、ポピュリズムと独裁的な指導者たちである。既成政治のゆきづまり、とくに政党政治の不振に対する不満の増大は、政治家を含むエリート層への批判を加速させている。ポピュリズム政治家の多くは、伝統的な政党組織を「中抜き」にして直接有権者に訴えかけることを特徴としている。硬直化した政党組織では汲み取れない人々の不満や不安に訴え、その支持をエネルギー源にして自らの影響力を拡大していくという意味で、ポピュリズム政治家はきわめて現代的な存在である。

しかも、そのようなポピュリズム政治家たちは、それまでの政治的常識やコンセンサスをいとも容易に乗り越える。時として、彼ら彼女らは伝統的な人権尊重や権力分立の原則を軽視し、情報操作や隠蔽によって政治的公開性を踏みにじる。自らに批判的なメディアを激しく攻撃するなど、言論の自由を顧慮することもない。従来、代議制民主主義の不振について論じることの多かった政治学者も、突然巨大な力を持つようになったポピュリズム政治家を前に、十分な批判を行うことができずにいるのが現状である。

はたして独裁化するポピュリズム政治家の暴走に、有効な歯止めを打ち立てることはできないのだろうか。その上で、現代社会における人々のニーズに応える、新たな民主主義の展望はありえないのか。これまでも『カウンター・デモクラシー』や『民主的正当性』(未邦訳)といった著作を通じて、現代民主主義の直面する難問に答えを示そうとしてきたロザンヴァロンであるが、いわばその集大成ともなる著作が本書『良き統治』である。
(ロザンヴァロン『良き統治』巻頭「解説」より抜粋掲載)

[書き手]宇野重規(東京大学社会科学研究所教授/政治思想史・政治哲学)
良き統治―ー大統領制化する民主主義 / ピエール・ロザンヴァロン
良き統治―ー大統領制化する民主主義
  • 著者:ピエール・ロザンヴァロン
  • 翻訳:古城 毅,赤羽 悠,安藤 裕介,稲永 祐介,永見 瑞木,中村 督 / 解説:宇野 重規
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(456ページ)
  • 発売日:2020-03-18
  • ISBN-10:4622088258
  • ISBN-13:978-4622088257
内容紹介:
いま民主主義は機能不全を起こしている。大統領制化する民主主義に展望はあるか。統治の歴史を明らかにし、民主主義の難問に答える。解説:宇野重規

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