前書き

『言論と経営―戦後フランス社会における「知識人の雑誌」―』(名古屋大学出版会)

  • 2021/04/30
言論と経営―戦後フランス社会における「知識人の雑誌」― / 中村 督
言論と経営―戦後フランス社会における「知識人の雑誌」―
  • 著者:中村 督
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(442ページ)
  • 発売日:2021-04-13
  • ISBN-10:4815810222
  • ISBN-13:978-4815810221
内容紹介:
メディア企業の生き方とは――。言論によって民主主義に奉仕すると同時に、私企業として資本主義のなかで動くジャーナリズム。戦後フランスに生まれ、サルトルはじめ知識人を結集する一方、市場で稀有な成功を収めたニューズマガジンの歴史を、変容する社会とともに捉え、その思想と身体を見つめた俊英の力作。
民主主義社会にとって不可欠な存在であるジャーナリズム。だが一方で、新聞・雑誌は資本主義社会のなかで営利を追求する企業によって生み出される商品でもある。変動する時代のなかで、様々な批判にさらされながらメディアはどのように生き抜いてきたのか。戦後フランスに誕生し、「知識人の雑誌」と目されるニューズマガジンの歴史から言論誌の可能性を考えてみよう。この春に刊行された中村督著『言論と経営』から、「はじめに」のダイジェストをお届けする。

ジャーナリズムは資本主義といかに折り合いをつけるのか

『ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』と言論誌の存続

言論誌の存続はいかにして可能だったのか。

1964年11月19日、ジャン・ダニエルとクロード・ペルドリエルによって『ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール(Le Nouvel Observateur)』(以下『N.O.』と略記)が創刊された。表紙は、1ヶ月ほど前にノーベル文学賞の受賞を拒否したばかりの哲学者ジャン=ポール・サルトルが飾った。しかし、紙は粗悪で、単色刷り、ページ数は少なく、広告はほとんどなかった。2014年、創刊50年の節目に、同誌は愛称を用いて『ロプス(L’Obs)』というタイトルに変わったが、その光沢がかったカラー写真の表紙をみると隔世の感がある。

直訳すると「新しい観察者」というタイトルをもつこの週刊の雑誌は、知識人を集結させながら言論空間を形成し、社会・政治・文化の諸面において重要な役割を果たしてきた。その一方で、1995年以降、20年以上にわたってニューズマガジン部門で国内最大販売部数を維持するなど経営的にも成功を収めてきた。同誌は多くの読者を獲得してきた言論誌なのである。しかしながら、これまで『N.O.』に関する知識は断片的かつ散在的で、まとまった記述をみることがなかった。本書の課題は、『N.O.』の歴史を可能なかぎり実証的かつ総合的に描きながら、この雑誌がいかにして言論誌であろうとしたのかを明らかにすることである。

社会的・文化的・政治的アクターとしての「知識人の雑誌」

『N.O.』は、「ニューズマガジン」というカテゴリーに分類される定期刊行物である。ニューズマガジンとは、国内外のアクチュアルな政治や社会問題にくわえて、文学や芸術といった文化一般を取り扱う総合週刊誌のことで、『レクスプレス(L’Express〔=速達便〕)』や『ル・ポワン(Le Point〔=要点〕)』もそこに含まれる。重要なのは、フランスではニューズマガジンはプレス市場のなかで大きな位置を占め、熱心な読者層に支えられてきたということである。『N.O.』を含めた三つのニューズマガジンは、1970年代に販売部数を一挙に拡大し、2000年代に入っても40万部以上を維持した。それに対して、新聞に関していうと、代表的な日刊紙である『ル・モンド(Le Monde〔=世界〕)』や『ル・フィガロ(Le Figaro〔ボーマルシェの戯曲『フィガロの結婚』の登場人物に由来〕)』でさえ1980年代以降、ほとんど40万部以上の販売部数を記録していないのである。

もっとも、ニューズマガジンと新聞の対照的な傾向については、流通や販売の様態の違いも関係している。基本的にフランスでは、日本のような新聞の戸別配達制度が定着しなかった。すなわち、定期購読者が全体として少なく、大半の人はキヨスクやカフェなどで新聞を購入する。とくにその傾向は全国紙で顕著で、1992年に7割以上、2007年で6割近くが店頭での号別購入だった(たとえば、『ル・モンド』はフランスの代表的な全国紙であるが夕刊紙であるため、早朝の配達の必要性がない)。その一方で、ニューズマガジンのような雑誌は定期購読者が多いのが特徴である。『N.O.』を例にとると、1993年の時点で販売部数の約75%が定期購読で占められており、宅配を通じて受け取る者が多いことがわかる。そうでない場合は、新聞と同様、キヨスクを中心とした売店で購入することになる。日本のように雑誌は書籍と並んで書店で販売されているわけではない。こうした流通の制度や構造もまた、とくに『N.O.』のようなニューズマガジンと読者の安定的かつ強固なつながりを生み出し、保つ要因になっているのである。

さらに『N.O.』は他誌にはない特徴を有している。というのも、『N.O.』は情報を提示および分析するという通常のジャーナリズムの枠組みを超えた役割を果たしてきたからである。それは同誌がなによりも「知識人の雑誌」であったことと関係している。ここでいう「知識人」とは単に知識や教養をもった者を意味するだけではなく、自らの専門領域を越えて使命として政治参加を引き受ける知的階層の者を指す19世紀末のドレフュス事件のエミール・ゾラ以降、フランスではこの知識人が特権的な位置を占めてきた。20世紀に入っても、アルベール・カミュ、サルトル、レイモン・アロンを中心に多くの人物が、本来的な職業を超えて政治参加を果たし、知識人と称されてきた。

要するに、『N.O.』を「知識人の雑誌」であるというとき、そこには二つの意味がある。一つは、文字どおり、この雑誌が知識人の言説を集結させる文化的・政治的省察の場と考えられてきたという意味である。もう一つは、『N.O.』が、知識人を集め、その言説を掲載するなかで、深く政治参加してきた雑誌であるという意味だ。別言すると、『N.O.』は、多くの知識人が同誌に関与した結果として、フランスにおける社会運動や政治運動を主導する役割を果たしてきたということである。

こうしたアクターとしての『N.O.』の役割は、社会的・文化的・政治的という三つの側面に分けて理解することができる。第一に、社会的アクターに関していうと、『N.O.』は、「68年5月」(五月革命)、1970年代のフェミニズム運動やエコロジー運動、80年代の反人種差別主義運動など、一貫して広く社会運動に積極的に参加した。「積極的」というのは、それらを支持する記事を多く掲載したというだけでなく、運動の契機をつくったり、場合によっては、ジャーナリストたちがその中心的立場を担ったりしたこともあったということである。第二に、文化的アクターという側面では、『N.O.』は、多くの作家、哲学者、芸術家、学者の言説を受容した雑誌であり、検討されるべき点を多く含んでいるといえる。アナール学派に端を発する「新しい歴史学」は、同誌がその普及に大きく貢献した。また、広い意味で「フランス現代思想」と呼ばれるような思想的潮流の形成にも同誌は関わってきた。戦後フランスの文化を考察するのであれば、この雑誌がいかにして知の普及に寄与したか、また、いかにして知的文化のネットワークを形成してきたのかを無視することはできないだろう。第三に、政治的アクターという点では、『N.O.』は左派と右派の強固な対立軸を基盤にしたフランスの政治文化にあって、とりわけ社会民主主義路線を主導し、長きにわたって社会党支持の旗幟を鮮明にしてきた雑誌であった。ピエール・マンデス・フランスからミシェル・ロカールへと至るこの政治的路線は、フランソワ・ミッテラン政権(1981~95年)だけでなく、フランソワ・オランド政権(2012~17年)の誕生にも少なからぬ影響力を及ぼした社会党の潮流である。その意味において、『N.O.』と政治世界のつながりを辿り直すことは、フランスの政治文化の一端を理解することにもなる。

かくして『N.O.』の歴史は、戦後フランスの社会史、文化史、政治史が交錯するところに位置づけられる。

民主主義と資本主義のあいだ――社会科学としてのジャーナリズム研究

ジャーナリズムを考えることは、社会科学的な営為たりえる。というのも、新聞・雑誌は民主主義の形成に資するものであると同時に、資本主義社会のなかで企業が生み出す商品でもあるからである。

新聞・雑誌と民主主義の関係について考えるには、近代社会の基礎原理になった1789年のフランス人権宣言第11条を想起することが必要である――「思想および意見の自由な伝達は、人のもっとも貴重な権利である」。表現の自由を規定したこの条文で注目したいのは「伝達」という言葉(英語のcommunicationと同義)である。この「伝達」はなにも個人間の直接的な意思疎通のみを指すのではなく、政治家と有権者、作家と読者といったように遠く離れた個人間――場合によっては集団間――の間接的な対話をも意味する。そして、この「伝達」を担うのがメディアであり、ジャーナリズムである。さらに、ジャーナリストという職業の法的地位を定めた1935年の「ブラシャール報告」にも、新聞・雑誌は、ほかの商品とは異なる「財」に指定されるべき「特殊な地位」に置かれており、「その役割は、民主主義的秩序において重要であり〔……〕それが自由であるときにのみその役割は果たされる」と規定されている。要するに、新聞・雑誌の重要性は、それが民主主義社会の形成に不可欠であることに存する。

他方で、新聞・雑誌は営利を追求する企業による商品でもある。法的に「出版の自由」が確保されたとしても、「自由」が十全たるかたちで保証されるわけではない。資本主義社会において、企業は一定の利益を追求せざるをえず、経営状況いかんで新聞・雑誌は廃刊や買収を余儀なくされる可能性がある。一度、廃刊してしまうと、ジャーナリズムそのものが成立しない。ここに商品としての新聞・雑誌がいかに維持されるべきであるのかを検討すべき理由がある。『N.O.』のジャーナリストたちもこうした意識を有していた。

本書が対象とする『N.O.』の発展も商業的成功に支えられてこそだった。ペルドリエルを中心とする営業・管理部門は、時代に応じて新しい技術――印刷技術やマーケティング技術など――を導入しながら、販売促進を行い、広告収入と販売部数を拡大してきた。配布部数でいうと、1966年に7万部、74年に30万部、81年に38万部、95年には47万部で国内最大販売部数を記録し、2000年に入って60万部以上となった。総収入に関しては、創刊当初は350万フランほどだったが、80年には1億5000万フランへと到達し、95年には5億フランを超えた。結局、『N.O.』は言論誌でありながら、商業誌と目される『レクスプレス』や『ル・ポワン』以上に商業誌だったのである。

ジャーナリズムは、近代社会が内包する民主主義と資本主義という二つの要請にたえず応じてきたがゆえに、ジャーナリズムをめぐる歴史的思考が社会科学的な問いとなるのである。端的にいって、『N.O.』の歴史もこの二面的要請に直面し続けた歴史であった。言論誌であり続けようとした同誌にとって、資本主義といかに折り合いをつけるかが課題としてのしかかっていた。したがって、同誌の歴史を問うことは言論誌の可能性を問うことにほかならない。

[書き手]中村督(南山大学国際教養学部准教授)
言論と経営―戦後フランス社会における「知識人の雑誌」― / 中村 督
言論と経営―戦後フランス社会における「知識人の雑誌」―
  • 著者:中村 督
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(442ページ)
  • 発売日:2021-04-13
  • ISBN-10:4815810222
  • ISBN-13:978-4815810221
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メディア企業の生き方とは――。言論によって民主主義に奉仕すると同時に、私企業として資本主義のなかで動くジャーナリズム。戦後フランスに生まれ、サルトルはじめ知識人を結集する一方、市場で稀有な成功を収めたニューズマガジンの歴史を、変容する社会とともに捉え、その思想と身体を見つめた俊英の力作。

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