書評

『クオリアと人工意識』(講談社)

  • 2020/10/13
クオリアと人工意識 / 茂木 健一郎
クオリアと人工意識
  • 著者:茂木 健一郎
  • 出版社:講談社
  • 装丁:新書(384ページ)
  • 発売日:2020-07-15
  • ISBN-10:4065200660
  • ISBN-13:978-4065200667
内容紹介:
いつの日か、人工知能も「意識」を持つようになるのだろうか? 私の「意識」を、人工知能の中にコピーすることはできるのだろうか?

学問の市民権がない大切な問題

人工知能AIという言葉をメディアで見聞きしない日はほとんどない。知能は意識を伴うのだろうか。機械の中に意識は生まれるのか。そもそも意識とはなにか。電気かエネルギーか熱か重力か、科学ではどう定義されるのか。私の意識はこの宇宙に一つしかなくて、やがて失われて消えてしまうのか。本書はそうした疑問を扱う。むろん解答があるわけではない。

意識といういちばん大切な問題を学者はあんがい正面から考えない。というのは、ある種の知恵かもしれない。そんなこと考えたって、いわば自分の足元を掘り崩すだけで、ロクなことにはならないよ。もっと「現実的な事を考えなさい」。著者は本書でいわば愚直に意識の問題を扱っている。意識という問題は学問にとって極めて重要である。すべての学問が意識という場の中で行われるからである。学問に限らず、現代では社会全体が意識化され、情報化とか透明性と言われるように、すべてが意識化されなければならないことになってきている。私はそれを脳化社会と呼んできた。

本書は十章からなる。「人工知能と人工意識」から始まり、「知性とは何か」「知性に意識は必要か」「意識に知性は必要か」「統計とクオリア」「人工知能の神学」などと意識に関して重要と思われる主題はほぼ尽くされている。意識に関する教科書として、十分に使える範囲をカバーしている。

私ならさらに「意識はどこまで信用できるか」という一章を付け加えたい。意識は出たり引っ込んだりする。一日のうちにかならず消えて翌日になるとまた出てくる。その「出入り」は意識自身の作業ではない。意識はそれ自体の有無に関して自主性をもたない。意識の有無を左右しているのは身体である。そんな意識がどこまで信用できるかと私は絶えず訊くが、意識を信じるしか仕方がないだろう、という答えが返ってくるだけである。

先にうっかり教科書と書いたが、本書を教科書として用いる場所は公式にはないと思う。私は長年大学を含めて学校にいたが、意識に関する講義を聞いたことがない。意識学会も日本にはないと思う。つまり意識研究は日本社会では公的には学問としての市民権を持っていない。その意味で本書は「学術書」にはならないであろう。本書は哲学であり、情報学であり、神経生物学であるはずだが、多分どの分野にも入れてもらえないであろう。なぜなら「意識」というおそらく物理現象でも化学現象でもない対象を扱っているからで、では生物学かと言うなら、意識は明らかに「物」ではない。

自分たちのほぼすべての活動がよって立つ基盤である意識の研究が、学問として位置づけられる場所がないというヘンな社会に私たちは住んでいる。そんなことはどうでもいいから研究を続ければよろしい。社会がどう考えようと、研究は研究である。それでも地球は回る。

若い頃に意識研究をしたいと先輩に言うと「そういうことはもっと神経科学が進んでからにしなさい」と忠告された。どこまで科学が進めばいいのかと思ったが、それを訊くと叱られそうだったので止めておいた。現代の若者にはどう忠告すればいいのだろうか。意識研究なんて、そんなことしたって世間に居場所がないよ、と正直に言うしかあるまい。
クオリアと人工意識 / 茂木 健一郎
クオリアと人工意識
  • 著者:茂木 健一郎
  • 出版社:講談社
  • 装丁:新書(384ページ)
  • 発売日:2020-07-15
  • ISBN-10:4065200660
  • ISBN-13:978-4065200667
内容紹介:
いつの日か、人工知能も「意識」を持つようになるのだろうか? 私の「意識」を、人工知能の中にコピーすることはできるのだろうか?

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毎日新聞

毎日新聞 2020年8月8日

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