書評

『脳内現象』(NHK出版)

  • 2020/01/26
脳内現象 / 茂木 健一郎
脳内現象
  • 著者:茂木 健一郎
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(245ページ)
  • 発売日:2004-06-24
  • ISBN-10:414091002X
  • ISBN-13:978-4140910023
内容紹介:
"私"は脳のどこにいるのか?"私"という明確な意識はいかにして成り立つのか?脳内では千億もの神経細胞が複雑なしくみで結びつき、情報交換をしている。意識が生じるために… もっと読む
"私"は脳のどこにいるのか?"私"という明確な意識はいかにして成り立つのか?脳内では千億もの神経細胞が複雑なしくみで結びつき、情報交換をしている。意識が生じるためには、この複雑な脳内の隅々までを、"私"が一瞬にして見渡さなければならない。これはいかにして可能なのか?脳内を見渡す小さな神の視点、すなわち、「脳内現象としての"私"」が生じる根本原理を解き明かす。

ロマン膨らむ脳内の自分探し

長い歴史の中で、人類は意識という問題についてたえず思索を巡らしてきた。哲学は言うまでもなく、文学や芸術の領域でも<私>という意識は永遠のテーマである。ただ、意識を研究するにせよ、表象するにせよ、すべて<私>という意識ありきから出発する。それとは反対に、科学の分野では一九八〇年代の末にいたるまで、この問題はずっと避けられてきた。

一九九〇年代になって、一つの転機が訪れた。神経細胞の活動と感覚との対応関係が研究されるのをきっかけに、<私>という意識を生み出すメカニズムは科学の研究対象として浮上してきた。

人間の脳には一〇〇〇億の神経細胞がある。それぞれの神経細胞は役割分担があり、特定の色に反応するものや、図形などを感知するものなどがある。個々の神経細胞が感知した情報は、ほかの神経細胞からえた情報と再編成や連合を行った上、知覚や感情を生み出す。だが、人間の精神活動は膨大な量の情報が含まれているにもかかわらず、一つの神経細胞は一万の神経細胞しか感知できない。もし、脳の中に神経細胞の活動全体を一瞬にして見渡し、情報を統合する「航空管制官」がいなければ、人間は外界を統一したイメージとして認識することはできない。当然のように、世界を相対化し、自分をも認知できる<私>という意識もありえない。ところが、近代脳科学は脳のなかの、すべての領域の神経活動を見渡す<意識の座>の存在を否定する。実際、<私>の役割を担当する神経組織は脳内には見あたらない。脳が意識を生み出すことはまちがいないが、どの部位で意識が生み出されたかはまったく見当がつかない。自己意識の出所がわからなければ、<私>という主体性の由来や、人間はなぜ感情や意志を持つかは説明できなくなる。

いったい<私>という意識はどのように生み出されたのか。この難問に対し、脳科学の立場から応答しようとするのが本書である。いわば、脳内での<私>探しである。著者が着目したのは脳内の特定の部位ではなく、神経細胞のあいだの関係性である。ミラーニューロンの発見など、最近の脳研究の成果を踏まえ、<私>の意識は、前頭葉を中心とする神経細胞のネットワークと、後頭葉を中心とする神経細胞のネットワークが結ぶ関係性の中から生み出されるものだ、との仮説を立てる。かりにそのメカニズムが科学的に証明できれば、これまでの思想や哲学の世界認識を大きく揺るがすであろう。否、ニュートンからアインシュタインにいたるまでの科学的宇宙観も見直しを余儀なくされるかもしれない。

近代科学において、あらゆる現象を数量化することは真実を知る前提と考えられている。しかし、自己意識について考える場合、従来の客観的な科学的世界観は壁として立ちはだかる。そこで、著者はあえて科学のタブーに正面から挑もうとする。科学的な法則性を念頭におきながら、主観的な体験にも目を配る。科学の成功は脳内現象としての<私>の意識の中で生じる以上、客観的な世界はしょせん主観的体験の結果に過ぎないからだ。

著者の挑戦はまだほんの一歩しか踏み出していない。しかし、もしかすると、平行線の公理を否定することによって、非ユークリッド幾何学を発見するような成果が期待できるのかもしれない。科学の本にしては珍しくロマンがある。文系的思考に慣れた者にとって、ほどよい頭の体操となる。
脳内現象 / 茂木 健一郎
脳内現象
  • 著者:茂木 健一郎
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(245ページ)
  • 発売日:2004-06-24
  • ISBN-10:414091002X
  • ISBN-13:978-4140910023
内容紹介:
"私"は脳のどこにいるのか?"私"という明確な意識はいかにして成り立つのか?脳内では千億もの神経細胞が複雑なしくみで結びつき、情報交換をしている。意識が生じるために… もっと読む
"私"は脳のどこにいるのか?"私"という明確な意識はいかにして成り立つのか?脳内では千億もの神経細胞が複雑なしくみで結びつき、情報交換をしている。意識が生じるためには、この複雑な脳内の隅々までを、"私"が一瞬にして見渡さなければならない。これはいかにして可能なのか?脳内を見渡す小さな神の視点、すなわち、「脳内現象としての"私"」が生じる根本原理を解き明かす。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2004年7月11日

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