書評

『脳は眠りで大進化する』(文藝春秋)

  • 2024/11/14
脳は眠りで大進化する / 上田 泰己
脳は眠りで大進化する
  • 著者:上田 泰己
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(256ページ)
  • 発売日:2024-06-20
  • ISBN-10:4166614541
  • ISBN-13:978-4166614547
内容紹介:
人間のリズムを解明する概日時計の研究、睡眠の研究で世界的に注目を集め、『情熱大陸』(2009)、NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』(2010)など20代の若さで研究チームを率いる”天才”とし… もっと読む
人間のリズムを解明する概日時計の研究、睡眠の研究で世界的に注目を集め、『情熱大陸』(2009)、NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』(2010)など20代の若さで研究チームを率いる”天才”としてメディアにも取り上げられた上田泰己さんだが、「生命の謎の解明に1秒でも時間を投入したい」と日夜研究に励む道を選んだという。

それから十数年――。
ひとはなぜ眠り、覚醒するのか? 睡眠中に脳内では何が起きているのか?
生命の根幹でもある睡眠覚醒のメカニズムを解明する数々のブレイクスルーが、著者が率いる研究チームによってもたらされている。生命科学の研究手法の刷新とともに、「今なら科学的なボキャブラリーによって、その謎を語ることができる」。

・ヒトは睡眠で、日々「新しい自分」に生まれ変わっている
・睡眠は覚醒よりもアクティブである
・覚醒の意義は「探索」にこそある
・睡眠と覚醒の機構はメモ帳と鉛筆で説明できる
・私たちの体の中には眠気を数える機構がある
・「脳は第二の心臓」かもしれない
・睡眠の解明は知性の解明にもつながる

「生命を作って理解する」システム生物学の時代を牽引する著者が、
睡眠研究の全貌と解の道筋を明らかにする。睡眠と覚醒の新事実!

ーーーーーーーーーーー
◎目次
第1章 私たちの体にひそむ時計の機能と睡眠
第2章 生命科学のパラダイムシフトと新世代の研究
第3章 細胞から個体へ 睡眠研究前夜の技術開発
第4章 難攻不落の睡眠研究に立ち向かう
第5章 睡眠の謎を解明していく
第6章 試験管の中に見えた睡眠中の「脳の大進化」
第7章 「健康な睡眠」の提案
第8章 人間をミクロに掴んでマクロに考える

「難攻不落」に新発想で挑んだ軌跡

熱帯夜が続き、寝不足になりがちなこの頃だ。よい睡眠が健全な心身を支えていることは確かだし、多くの生きものたちが寝ているので、これは生きるために不可欠なものだろう。ところが、研究対象としてはなかなかの難物で、近年やっとその意味とメカニズムが解け始めたところなのだ。著者はその最先端を走る研究者の一人である。本書を紹介したいと思ったのは、優れた研究者の現場がていねいに語られているからである。

私たちが持つ、ほぼ24時間周期の体内時計は、各臓器にあって時計遺伝子をもつ時計細胞と、それを調整する脳の中枢時計から成る。この時計は、化学反応で動いているのに、温度によって周期が変わらないのはなぜか。ここで著者は、温度変化に強いリン酸化酵素が時計タンパク質に印をつけたりはずしたりしているからだということを見つける。

こうしてリズム・サイクルの基本が見えたので、「難攻不落の睡眠研究に立ち向かう」のだが、その戦略がユニークだ。遺伝子などの分子、細胞、個体(臓器)の間をつないだ理解には、個体をつくる全細胞のカタログが必要と考え、細胞の透明化に挑戦する。それには「アミノアルコール」処理が有効と分かるまでに、いかほどの物質を調べたことか。透明マウスの写真を見た時の驚きを思い出す。これで全細胞が観察できる目途(めど)がついた。更に、遺伝子改変を交配なしに一世代で検証できる技術、多くの遺伝子を一度に破壊できる技術も開発し、実験のスピードを百倍以上あげた。もう一つ、脳外科手術せずに寝息のパターンで睡眠時間を測定する装置もつくっている。

著者は、研究のいちばんの難しさは「難しさを分解すること」だと書く。開発した技術はどれも、根本からの問題解決に不可欠な分解なのだ。これは科学研究に止まらない大事な視点ではないだろうか。

睡眠の制御機構は三つある。体内時計による制御、危険と関わるエマージェンシー制御、そして恒常性制御である。一定量の睡眠時間を確保するための恒常性制御は、「疲れたら眠る」という単純なしくみに見えながら、まったく答えの見えていない最難問なのだ。

これまでの研究で注目されてきた睡眠物質は、エマージェンシーの時に必要なのであって、それ以外の睡眠には寄与していないことが見えてきた。ここで著者は、逆に覚醒物質があるのではないかと発想を転換し、神経が興奮すると細胞内に入ってくるカルシウムに注目する。陽イオンであるカルシウムは、神経細胞を活性化する一方、カリウムを外へ出すはたらきをして神経細胞をなだめもするのだ。実験の結果、カルシウムに引き金を引かれてリン酸化酵素(体内時計でも活躍した)が眠気を制御していることが分かってくる。このメカニズムのレム、ノンレム睡眠との関わりなどを調べていくうちに、「睡眠時のほうが覚醒時に比べて神経細胞同士のつながりを強くする」ことが見えてきて、覚醒時は探し、睡眠時は覚えるのではないかという考えが生まれる。これが「シナプスはノンレム睡眠とレム睡眠のサイクルで進化しうる」という仮説につながっていくのだ。独自の発想と自ら開発した新技術を駆使しての本質解明。難問を抱えた現代社会が学ぶ問題解決法としても非常に興味深い。
脳は眠りで大進化する / 上田 泰己
脳は眠りで大進化する
  • 著者:上田 泰己
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(256ページ)
  • 発売日:2024-06-20
  • ISBN-10:4166614541
  • ISBN-13:978-4166614547
内容紹介:
人間のリズムを解明する概日時計の研究、睡眠の研究で世界的に注目を集め、『情熱大陸』(2009)、NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』(2010)など20代の若さで研究チームを率いる”天才”とし… もっと読む
人間のリズムを解明する概日時計の研究、睡眠の研究で世界的に注目を集め、『情熱大陸』(2009)、NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』(2010)など20代の若さで研究チームを率いる”天才”としてメディアにも取り上げられた上田泰己さんだが、「生命の謎の解明に1秒でも時間を投入したい」と日夜研究に励む道を選んだという。

それから十数年――。
ひとはなぜ眠り、覚醒するのか? 睡眠中に脳内では何が起きているのか?
生命の根幹でもある睡眠覚醒のメカニズムを解明する数々のブレイクスルーが、著者が率いる研究チームによってもたらされている。生命科学の研究手法の刷新とともに、「今なら科学的なボキャブラリーによって、その謎を語ることができる」。

・ヒトは睡眠で、日々「新しい自分」に生まれ変わっている
・睡眠は覚醒よりもアクティブである
・覚醒の意義は「探索」にこそある
・睡眠と覚醒の機構はメモ帳と鉛筆で説明できる
・私たちの体の中には眠気を数える機構がある
・「脳は第二の心臓」かもしれない
・睡眠の解明は知性の解明にもつながる

「生命を作って理解する」システム生物学の時代を牽引する著者が、
睡眠研究の全貌と解の道筋を明らかにする。睡眠と覚醒の新事実!

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◎目次
第1章 私たちの体にひそむ時計の機能と睡眠
第2章 生命科学のパラダイムシフトと新世代の研究
第3章 細胞から個体へ 睡眠研究前夜の技術開発
第4章 難攻不落の睡眠研究に立ち向かう
第5章 睡眠の謎を解明していく
第6章 試験管の中に見えた睡眠中の「脳の大進化」
第7章 「健康な睡眠」の提案
第8章 人間をミクロに掴んでマクロに考える

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年8月17日

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