『LIFESPAN: 老いなき世界』(東洋経済新報社)

古い社会に贈る超楽観的な考え方

AIの進歩で仕事に人が要らなくなるという話や原発事故や気候変動などが背景となって、科学技術に関する未来というと悲観的な論調が一般的になった感がある。その意味で医療という科学技術の未来に関して、本書のように楽観的な内容を久しぶりに読んで、気持ちが明るくなった。

著者は老化の研究者である。現ハーバード大学の遺伝学の教授で、それ以前はマサチューセッツ工科大学で老化の基礎的研究を行ってきた。そして現在は「幸運にも比類のない場所へとたどり着いていた」と述べる。老化研究で世界を代表する科学者たちの集まりを主宰し、この分野でなにが生じているかをよく知りうる立場にあるという。著者は、だからこの本は「読者に贈る舞台裏への通行証であり、最前列席のチケット」だと述べる。本書をお読みいただければわかるはずだが、これは単なる宣伝文句ではない。本書は過去現在から未来にかけての老化研究の具体的かつ非常に優れた総説である。概要を知りたい人には、まず目次を読まれることをお勧めする。問題点がわかりやすく明確に書かれている。

老化や死とは、自然の経過なのだから、あまり人為的に干渉すべきではないというのが世界のいわば「良識的」な意見ではないかと思われる。著者は多年の研究結果に基づいて、それにはっきり反対意見を述べ、まず「老化は病気である」と結論する。病気であれば治療できるはずである。現在の医療ではいわゆる生活習慣病の治療が大きな問題となっている。たとえばガンは加齢とともに増加する。脳や心血管障害も同じである。こうした疾患の予防や治療に努力やお金をつぎ込むなら、老化の防止にそれらをかけたほうがいいという著者の主張には強い説得力がある。

著者は老化の情報理論を提唱する。老化は直接に遺伝子と関係しているのではない。遺伝子がどのように働いたり働かなくなったりするかの調節に関係している。これはエピジェネティクスと呼ばれる分野である。もともとはイギリスの発生学者ウォディントンが提唱した概念である。著者たちはそれを具体的に調べ続け、老化がなぜ起こるかに関する仮説を考えた。これは面倒な問題でここで簡単に要約できるようなものではない。詳細を知りたい人には、本書を読んでいただく必要がある。

結論的には老化は防ぐことも治療も可能である。その利点はあまりにも当然であろう。こうした超楽観的な考え方は著者がオーストラリア生まれ、アメリカで研究生活を続けていることと関係があろう。医学界では心臓移植が最初に行われたのは南アフリカである。これも生命倫理に関していまだに問題が多い分野である。こういうことを「やってしまう」社会は古い歴史を引きずる社会ではない。こうした未来への積極性は、日本のようないわば保守的な古い社会にとって参考にすべき点は多い。日本の山中伸弥教授の仕事は老化と関係が深い。本書でもしばしば引用されている。日本でそれが著者の研究のようなごく「基礎的」な方向に発展するかどうか、私はかなり疑っている。日本ではiPS細胞の臨床応用のような「実用」の方向に向かいやすい。それは科学者のせいというより、社会の常識のあり方の問題であろう。