書評

『がんは裏切る細胞である――進化生物学から治療戦略へ』(みすず書房)

  • 2024/10/03
がんは裏切る細胞である――進化生物学から治療戦略へ / アシーナ・アクティピス
がんは裏切る細胞である――進化生物学から治療戦略へ
  • 著者:アシーナ・アクティピス
  • 翻訳:梶山 あゆみ
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2021-12-14
  • ISBN-10:4622090600
  • ISBN-13:978-4622090601
内容紹介:
■「がんは進化のプロセスそのものである」。無軌道に見えていたがん細胞のふるまいも、進化という観点から見れば理に適っている。がんの根絶をしゃにむに目指すのではない、がん細胞を「手なず… もっと読む
■「がんは進化のプロセスそのものである」。無軌道に見えていたがん細胞のふるまいも、進化という観点から見れば理に適っている。がんの根絶をしゃにむに目指すのではない、がん細胞を「手なずける」という新しいパラダイムについて、進化生物学は原理的な理解をもたらしてくれる。
■著者は、この新しい領域を開拓する研究者の一人。進化の視点の基本から説き起こし、協力し合う細胞共同体としての身体の動態や、その中で《裏切り》の生存戦略を選び取るがん細胞の生態を浮かび上がらせる。身体にとって、がん細胞の抑制はつねに大事なものとのトレードオフだ。そんな利害のせめぎあいを分析することにたけた進化生物学の視点から、がんの発生や進展を、あるいは遺伝子ネットワークや免疫系との関係を見直せば、たくさんのフレッシュな知見と問いが湧いてくる。そして最後に話題は新たな角度からの治療へと及ぶ。
■がんの発生は、サボテンからヒトまで、ほとんどの多細胞生物に見られるきわめて根源的な現象だ。細胞生物学、腫瘍学から臨床にわたる、様々な個別の分野で蓄積されてきたがんの理解全体に対して、進化生物学はそれらをより基盤的なレベルで支える観点を提供していくことになるだろう。その本質に触れて、学べる一冊だ。

《がんの治療や多細胞生物としての私たち自身の理解に関して、この本が示唆するものはとてつもなく大きい。》──デイヴィッド・クォメン

《本書はがんや、生命そのものへのわれわれの見方を変えるだろう。》──ダニエル・E・リバーマン

《がんやその制御の真の理解のために、まず読むべき一冊。》──デイヴィッド・ スローン・ウィルソン


【目次】
1 はじめに──がん、それは形を得た進化そのもの

2 がんはなぜ進化するのか
がん細胞は体内でどのように進化するか
がんの視点で考える

3 細胞同士の協力を裏切る
がんとは何か
協力が進化するという不思議
多細胞の体は協力を具現化したもの
裏切る細胞を見つけ出す
細胞の情報活動

4 がんは胎内から墓場まで
混沌の地獄vs.停滞の沼
あなたの母親と父親はあなたの体の中で攻防を繰り広げている
ミルクセーキと一夫一婦制
細胞版「若返りの泉」
時はあらゆる傷を癒す── ただし、速く癒しすぎるのは考え物
体細胞進化で感染症と闘う
生殖能力ががんをはらむ
ところ変わればがんリスク遺伝子も変わる
栄養膜の浸潤
私たちはひとり残らず前がん性の腫瘍と共に生きている
現代特有の環境要因とがんリスク

5 がんはあらゆる多細胞生物に
生命全体で見られるがん
細胞数が多いほどがんも多い?
生活史に基づく決断
調節され、制御されている
イヌと悪魔
感染性がんはヒトには(ほぼ)起こらない

6 がん細胞の知られざる生活
腫瘍微小環境のつくり方
破滅した生態系を逃れる
協力革命
メタ個体群と転移
副産物? 偶然? 協力の理由をめぐるそのほかの説明
微生物による仲介
クローン増殖ががんを止める場合もある
がんの進化における利己的な遺伝子

7 がんをいかにコントロールするか
炎からよみがえる不死鳥
遅らせる
薬のふりをする
酸性度を下げる
腫瘍に資源を与える
がんのコントロールに協力理論を活用する
協力を妨害する
コントロールを通した治癒

謝辞

訳者あとがき
参考文献
原注
索引

自然を理解、生きものとして生きる

今から半世紀前に、米国で「がん対策法」が発効した時のことは記憶に新しい。当時は不治の病とされていたがんの原因究明と治療法開発への挑戦の始まりである。具体的には、医学に当時急進展していた分子生物学を取り入れ、病原体の可能性があるウイルスの遺伝子解析などを始めたのである。この戦略は成果をあげ、今ではがんの正体はかなり見え、対処法も出てきている。

ここで明らかになってきたがんの正体は、従来の病気のイメージとは異なる。「がんは私たちの一部であり、その事実は私たちが多細胞生物になったときから今に至るまで変わらない」と著者は言う。その通りだが、評者は「がんを知ることは、生きているとはどういうことかを知ることだ」とより動的に受け止めている。がん研究がヒトゲノム解析の必要性を求めたことからもそれは明らかだ。

本書の特徴は、体は細胞が構成する生態系であり、そこで各細胞が進化していると見るところにある。そこでの協力が体を機能させるのだが、なかに裏切って無秩序に数を増やす方向に進化するのががんというわけだ(因(ちな)みに原題にはcheatとあり、裏切るよりだますの方が実感に合う気がする)。

多細胞生物内での協力は1無秩序に分裂しない 2集団への脅威となったら自滅する 3資源の共有と輸送 4分業 5環境の世話をルールとして成り立っている。

ところで、このいずれかにもとる遺伝子変異や発現異常が起きて生じたがん細胞への細胞としての自然選択とがん細胞抑制能力が高い個体への自然選択とが重なる「マルチレベル選択」の結果は、がん細胞生き残りとなるのだ。進化とはこういうものなのである。

細胞内にはTP53に代表されるがん抑制遺伝子、個体内には免疫細胞などがん細胞抑制機能がある。とくにTP53は複雑な遺伝子ネットワークの中心にあり、ここに情報処理を集約することで、ある細胞ががん化しているか否かを正確に判断できるようにしているのである。ゾウが体が大きいのにがんになりにくいのは、TP53のコピーを40個も持っており(ヒトは2個)、しかも成長も繁殖時期も遅いからだと考えられている。

がん細胞を進化の視点で捉え、腫瘍の状態に合わせて治療法を変化させる「適応療法」の成果が紹介される。腫瘍を安定させて患者の負担を少なくする療法である。環境を安定させると、より遅い成長戦略をとる細胞が選択されやすくなるのだ。ゾウのように生きると言ったらよいだろうか。

更に、「腫瘍細胞の動的な変化や変化の誘因や、腫瘍細胞にかかる選択圧を測定する」という、生態系での生物と同じように細胞の進化インデックスを見る研究が進んでいる。対象になるのは「腫瘍内の遺伝子の多様性」と「遺伝子の変化率」である。生態系側のインデックスは「腫瘍細胞の環境資源(血液など)」「危険(ハザード)(免疫系など)」であり、これらを総合して、治療に対する腫瘍の反応を予測していくのだ。

がんを根絶でなく、落ち着かせて人の命と生活の質を保証する治療は手の届くところにある。自然を理解し、生きものとして生きる方法は、これからの暮らしすべてに当てはまるのではなかろうか。
がんは裏切る細胞である――進化生物学から治療戦略へ / アシーナ・アクティピス
がんは裏切る細胞である――進化生物学から治療戦略へ
  • 著者:アシーナ・アクティピス
  • 翻訳:梶山 あゆみ
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2021-12-14
  • ISBN-10:4622090600
  • ISBN-13:978-4622090601
内容紹介:
■「がんは進化のプロセスそのものである」。無軌道に見えていたがん細胞のふるまいも、進化という観点から見れば理に適っている。がんの根絶をしゃにむに目指すのではない、がん細胞を「手なず… もっと読む
■「がんは進化のプロセスそのものである」。無軌道に見えていたがん細胞のふるまいも、進化という観点から見れば理に適っている。がんの根絶をしゃにむに目指すのではない、がん細胞を「手なずける」という新しいパラダイムについて、進化生物学は原理的な理解をもたらしてくれる。
■著者は、この新しい領域を開拓する研究者の一人。進化の視点の基本から説き起こし、協力し合う細胞共同体としての身体の動態や、その中で《裏切り》の生存戦略を選び取るがん細胞の生態を浮かび上がらせる。身体にとって、がん細胞の抑制はつねに大事なものとのトレードオフだ。そんな利害のせめぎあいを分析することにたけた進化生物学の視点から、がんの発生や進展を、あるいは遺伝子ネットワークや免疫系との関係を見直せば、たくさんのフレッシュな知見と問いが湧いてくる。そして最後に話題は新たな角度からの治療へと及ぶ。
■がんの発生は、サボテンからヒトまで、ほとんどの多細胞生物に見られるきわめて根源的な現象だ。細胞生物学、腫瘍学から臨床にわたる、様々な個別の分野で蓄積されてきたがんの理解全体に対して、進化生物学はそれらをより基盤的なレベルで支える観点を提供していくことになるだろう。その本質に触れて、学べる一冊だ。

《がんの治療や多細胞生物としての私たち自身の理解に関して、この本が示唆するものはとてつもなく大きい。》──デイヴィッド・クォメン

《本書はがんや、生命そのものへのわれわれの見方を変えるだろう。》──ダニエル・E・リバーマン

《がんやその制御の真の理解のために、まず読むべき一冊。》──デイヴィッド・ スローン・ウィルソン


【目次】
1 はじめに──がん、それは形を得た進化そのもの

2 がんはなぜ進化するのか
がん細胞は体内でどのように進化するか
がんの視点で考える

3 細胞同士の協力を裏切る
がんとは何か
協力が進化するという不思議
多細胞の体は協力を具現化したもの
裏切る細胞を見つけ出す
細胞の情報活動

4 がんは胎内から墓場まで
混沌の地獄vs.停滞の沼
あなたの母親と父親はあなたの体の中で攻防を繰り広げている
ミルクセーキと一夫一婦制
細胞版「若返りの泉」
時はあらゆる傷を癒す── ただし、速く癒しすぎるのは考え物
体細胞進化で感染症と闘う
生殖能力ががんをはらむ
ところ変わればがんリスク遺伝子も変わる
栄養膜の浸潤
私たちはひとり残らず前がん性の腫瘍と共に生きている
現代特有の環境要因とがんリスク

5 がんはあらゆる多細胞生物に
生命全体で見られるがん
細胞数が多いほどがんも多い?
生活史に基づく決断
調節され、制御されている
イヌと悪魔
感染性がんはヒトには(ほぼ)起こらない

6 がん細胞の知られざる生活
腫瘍微小環境のつくり方
破滅した生態系を逃れる
協力革命
メタ個体群と転移
副産物? 偶然? 協力の理由をめぐるそのほかの説明
微生物による仲介
クローン増殖ががんを止める場合もある
がんの進化における利己的な遺伝子

7 がんをいかにコントロールするか
炎からよみがえる不死鳥
遅らせる
薬のふりをする
酸性度を下げる
腫瘍に資源を与える
がんのコントロールに協力理論を活用する
協力を妨害する
コントロールを通した治癒

謝辞

訳者あとがき
参考文献
原注
索引

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年1月8日

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