後書き

『生命科学の実験デザイン〔第4版〕』(名古屋大学出版会)

  • 2019/07/10
生命科学の実験デザイン〔第4版〕 / G・D・ラクストン,N・コルグレイヴ
生命科学の実験デザイン〔第4版〕
  • 著者:G・D・ラクストン,N・コルグレイヴ
  • 翻訳:麻生 一枝,南條 郁子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(318ページ)
  • 発売日:2019-06-10
  • ISBN:481580950X
内容紹介:
生物・農・医薬系など、全実験家必読。「できる科学者の論文は、実験のデザインが美しい。本書はその秘訣集」――福岡伸一氏推薦!
低い点数を付けられた学生のレポート、学術誌に載らなかった科学者の論文原稿、注ぎ込んだ資金と努力に見合わない研究結果…。それらすべては、劣悪な、貧弱なデザインが原因かもしれません。一冊丸ごと「実験デザイン」を解説した、オックスフォード大学出版局の(ニッチな)ロングセラーがこのたび日本語に翻訳。訳者あとがきから、内容を一部ご紹介いたします。実験デザインなんて、わざわざ本を読むまでもない?

福岡伸一さん推薦! 「より良い科学者」になるための秘訣集

本書はオックスフォード大学出版局から2016年に出版されたExperimental Design for the Life Sciences第4版の翻訳です。原書は2003年に初版が出て、2006年に第2版、2011年に第3版、と版を重ねてきたロングセラーです。生命科学の研究をこれから始める(またはすでに始めた)学生に向けて、研究の最も基本的な心得を、具体的に、わかりやすく説明しています。

「生命科学」研究の最も基本的な心得とは?

本書で言う生命科学とは、文字通り生命を研究対象とする自然科学です。そこには生物学、植物学、動物学、生態学から、農学、畜産学、薬学、医学、疫学、分子生物学、バイオテクノロジーまで、実にさまざまな分野が含まれます。そして、これらの分野に共通する、研究の最も基本的な心得とは、そもそもどうやって問いを見つけるか、から始まって、その問いをどのように研究に結びつけるか、実行すると決めた研究で調べたいことを調べるために、何をどのように計画すべきか、そのときどういうことに注意すべきか、といった事柄に関する、実践的な原理や方法を指しています。

「実践的」と聞くと、お決まりの手順を型通りに並べたマニュアル本を思い浮かべる人がいるかもしれませんが、これはそういう本ではありません。本書は読者にじっくり考えることを要求します。「実践的」というのは、統計や哲学的な背景を説明する場合も、細かい計算や理論や思弁に深入りすることなく、あくまでも実験者の立場に立っている、という意味です。本書は、研究に向けてスタートしたときから、どの段階で何について考えることが重要なのか、何に時間をかけなければならないのか、またそれはなぜか、といったことを、実験者としての視点で、具体例を使って詳しく説明してくれます。

研究に使われる生き物への倫理的配慮

その説明の中で、研究材料の生き物に対する倫理的配慮の大切さを強調していることも、本書の大きな特徴です。倫理的配慮は、一般性のある研究結果を得るためにも必要なことですが、研究が野外より実験室、生体内より生体外でおこなわれ、実験の環境が自然から切り離されていくほど忘れがちな、したがって生命科学者がとくに心に留めておかなければならない事柄です。

著者のグレアム・D・ラクストン氏とニック・コルグレイヴ氏は、ともに進化と生態学に関心のある生物学者です。ラクストン氏はセント・アンドリューズ大学の生物学部教授。コルグレイヴ氏はエディンバラ大学の生物科学部上級講師で、15年前から学生に実験デザインと統計を教えています。本書には、彼らが生命科学者として、また教育者としての経験から得た知識と知恵が惜しみなく提供されています。

「あなたが科学者であるかどうかは、肩書きではなく…」

1960年にノーベル医学生理学賞を受賞したピーター・メダワーは、『若き科学者へ』(みすず書房)の序論の中で、あなたが科学者であるかどうかは、肩書きではなく、何をするかによって決まる、と言っています。仮に、今、あなたは公共の水泳プールに雇われている従業員で、細菌やカビなどの繁殖を監視しているとしましょう。意欲的なあなたは、細菌学や菌類学を学ぶかもしれません。そうすれば、人間にとって快適なプールの温度と湿度が、微生物の繁殖にも適していることを知るでしょう。しかし、細菌やカビ類の繁殖を抑えるために塩素を増やせば、人体に害が及びます。そこで、あなたは次のような問題を考え始めます。経営者に莫大な費用を出させたり、客足を遠のかせたりすることなく、細菌やカビ類を抑える最善の方法は何だろう、と。この問題を解くために、あなたは小規模な実験をして、いろいろな浄化法の効果を比べてみます。微生物の濃度とプール入場者の人数の関係を記録し、その日の予想入場者数に応じて塩素の濃度を調整してみます。こういうことをするなら、あなたは単なる従業員としてではなく、一個の科学者として行動しているのだ、とメダワーは言っています。

ある意味ではその通りです。あなたはお決まりの科学的手順を機械的に遂行するのではなく、自発的に学んで頭と心を働かせ、あなたならではの問いを見つけました。これは科学研究の大事な要件を満たしています。ただ、その問いを解くために、実験をどのようにデザインしたかが問題です。いろいろな浄化法の効果をどのように比較し、微生物の濃度をどのように測定したでしょうか。たとえ最新の機器を使っても、それらの方法が適切でなければ、あなたの実験は科学的とは見なされず、結果を信用してもらうことはできません。実験が科学的であるためには、いくつか満たすべき条件があり、考慮すべき事柄があります。それらの条件や事柄は、科学者たちが長い年月をかけて練り上げてきたものです。中には、ともすれば見落としがちなものも少なくありません。本書を読めば、そうした要注意事項を単に知るだけではなく、いつもそれらに気をつけるようになるでしょう。

自然界の「ランダムなばらつき」と「交絡因子」

生命科学の研究は、自然界の複雑さに起因する特有の問題を抱えています。言い換えると、「ランダムなばらつき」と、それをもたらす「交絡因子」に対処しなければなりません。本書はこれらの概念を最初から導入し、研究の基本的心得を述べる中で、これらと密接な関係にある、データ点の独立性、反復、ランダムサンプリング、偽反復、ランダム化といった重要な概念を、さまざまな例を通して、噛んで含めるように説明しています。

そして、これらと合わせて、問いかけにきちんと答えてくれる実験をするために必要な概念(対照群、統計的検出力、相互作用など)、すべての実験の基本型となる1因子完全ランダム化デザイン、より複雑なブロックデザインと被験体内デザイン、相互作用を調べることができる複因子デザイン、といった、事前に知っておくべき基本事項をきちんと押さえながら、良質なデータをとるための測定上の留意点まで、こまごまとアドバイスをあたえています。本書を熟読すれば、シンプルで骨太な研究をするための準備は整ったと言えるでしょう。

「知ってはいても…」、急がば回れ

あなたの大学には、観察や実験に先立って、本書のような内容を教える授業はあるでしょうか。もしなければ、ぜひ本書を読んでください。わざわざ本を読まなくても、指導教授の実験を見よう見まねでやるからいい、あるいは、実験なら中学、高校のときからさんざんやってきたから、今さら学ぶことはない、などと思うのは間違いです。また、仮に授業で教わっていても、本書を副読本として読むメリットはとても大きいはずです。これまでにいくつか実験をデザインしてきたある博士課程の学生も「知ってはいても、きちんとわかっていなかったことに注意を向けさせてくれる」と言っています(Amazon.co.ukの読者評)。いずれにせよ、急がば回れ。本書を読んで、そこに述べられている考え方を実践し、ぜひとも著者たちの言うような「より良い科学者」になってください。

どうぞこの本を糧とし、生き物に対する倫理的配慮と健全な批判精神を身につけて、思慮深い実験をデザインしてください。

[書き手]麻生一枝(長浜バイオ大学)・南條郁子(翻訳家)
生命科学の実験デザイン〔第4版〕 / G・D・ラクストン,N・コルグレイヴ
生命科学の実験デザイン〔第4版〕
  • 著者:G・D・ラクストン,N・コルグレイヴ
  • 翻訳:麻生 一枝,南條 郁子
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(318ページ)
  • 発売日:2019-06-10
  • ISBN:481580950X
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生物・農・医薬系など、全実験家必読。「できる科学者の論文は、実験のデザインが美しい。本書はその秘訣集」――福岡伸一氏推薦!

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