書評

『吉里吉里人』(新潮社)

  • 2022/11/16
吉里吉里人 / 井上 ひさし
吉里吉里人
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(501ページ)
  • 発売日:1985-09-27
  • ISBN-10:4101168164
  • ISBN-13:978-4101168166
内容紹介:
医学立国、農業立国、好色立国を掲げ、東北の一寒村が突如日本から分離独立した!SF、パロディ、ブラックユーモア、コミック仕立て、小説のあらゆる面白さ、言葉の魅力を満載した記念碑的巨編… もっと読む
医学立国、農業立国、好色立国を掲げ、東北の一寒村が突如日本から分離独立した!
SF、パロディ、ブラックユーモア、コミック仕立て、
小説のあらゆる面白さ、言葉の魅力を満載した記念碑的巨編。全三巻。
日本SF大賞、読売文学賞受賞作。

ある六月上旬の早朝、上野発青森行急行「十和田3号」を一ノ関近くの赤壁で緊急停車させた男たちがいた。「あんだ旅券(りょげん)ば持(も)って居(え)だが」。実にこの日午前六時、東北の一寒村吉里吉里国は突如日本からの分離独立を宣言したのだった。
政治に、経済に、農業に医学に言語に……大国日本のかかえる問題を鮮やかに撃つ、おかしくも感動的な新国家。

笑いに包んだ壮大なテーマ

井上ひさしは言葉にふかい関心をもつ作家である。彼は日本語の言葉あそびの伝統を復活させるとともに、方言で悩んだ彼自身の体験をとおして、都会人から劣等視されがちな地方語も、その土地の生活や文化と結びついており、それなりの存在理由をもつといった認識に到っている。「吉里吉里(きりきり)人」はこういった言語の問題をひとつの軸としたユートピア物語だが、同時に現代日本の政治、経済、文化などのありかたにたいして痛烈な批判をこめ、しかもそれをきわめてゆかいな喜劇に仕立てあげた大作である。

人口四千人余りの東北の一小村・吉里吉里村の人たちは、つぎつぎに無理な政策をおしつける日本政府に我慢しきれず、周到な準備の後に分離独立を宣言、東北なまりの吉里吉里語を国語とする国家を誕生させた。

雑誌の取材で、編集者とともに青森行き夜行列車に乗っていた三文小説家の古橋健二が、この独立さわぎにまきこまれ、古橋を中心に話は発展し、吉里吉里人の生活やその主張、また彼らが独立にふみきるために用意した切り札などが、あきらかにされてゆく。

吉里吉里国の農民は作物をつくる喜びにめざめ、積極的な農業経営を実施し、国家財政はゆたかで無税金、貨幣は金本位制をとっている。そのため世界の有力企業がこの国に支店を開設、キリキリイエン(円)の交換レートも上昇、その上、国立病院にはノーベル賞級の医者三百五十人、看護婦五百五十人を抱え、医学立国をめざしている。そして吉里吉里人たちは、老若男女一体となって、新国家建設に献身していた。

だが突然の独立宣言に驚いた日本政府は自衛隊を出動させ、各種のスパイや殺し屋も送りこまれる。テレビは緊急報道番組を特集、集団乱心、さらに集団発狂事件として処理しようとするが、吉里吉里国ではそれを逆用して、独立の趣旨を訴えるのだ。

その渦中で古橋は一躍時の人となり、日本のマスコミに注目されるが、彼自身は国賓から犯罪者、元吉里吉里小町との婚約により移民第一号、病院の霊安室雑役夫と変転をかさね、やがて五大文学賞の受賞者に内定し、最後には頭脳を美女の殺し屋に移植されて、二代目大統領に就任する。

結局は各国の暗殺者集団によって、吉里吉里人はすべて殺されてしまうのだが、そうした結末を迎えるまでに、意外な事件や珍妙なできごとがつぎつぎにおこり、その着想の奇抜さ、豊富さは絶妙である。

会話はすべて吉里吉里語、つまり東北なまりでかわされ、文中にも「吉里吉里語四時間」といった入門書が紹介されるなど、作者の言語意識が充分に発揮されているほか、農業、医学、経済、国際法などの大問題を論じる一方で、珍奇な動物の登場、肉体改造等のSF的、漫画的発想やパロディのおもしろさもふんだんにあり、藤原三代の埋蔵金にまつわる推理までもりこまれていて、まさに文学のあらゆる手法を自在に駆使した作品だといえる。

壮大なテーマを笑いで包んだこの小説は、井上ひさしの労作であるだけでなく、最近の文学における一大収穫であろう。


吉里吉里人 / 井上 ひさし
吉里吉里人
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(501ページ)
  • 発売日:1985-09-27
  • ISBN-10:4101168164
  • ISBN-13:978-4101168166
内容紹介:
医学立国、農業立国、好色立国を掲げ、東北の一寒村が突如日本から分離独立した!SF、パロディ、ブラックユーモア、コミック仕立て、小説のあらゆる面白さ、言葉の魅力を満載した記念碑的巨編… もっと読む
医学立国、農業立国、好色立国を掲げ、東北の一寒村が突如日本から分離独立した!
SF、パロディ、ブラックユーモア、コミック仕立て、
小説のあらゆる面白さ、言葉の魅力を満載した記念碑的巨編。全三巻。
日本SF大賞、読売文学賞受賞作。

ある六月上旬の早朝、上野発青森行急行「十和田3号」を一ノ関近くの赤壁で緊急停車させた男たちがいた。「あんだ旅券(りょげん)ば持(も)って居(え)だが」。実にこの日午前六時、東北の一寒村吉里吉里国は突如日本からの分離独立を宣言したのだった。
政治に、経済に、農業に医学に言語に……大国日本のかかえる問題を鮮やかに撃つ、おかしくも感動的な新国家。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1981年10月2日

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