書評

『日本を開国させた男、松平忠固: 近代日本の礎を築いた老中』(作品社)

  • 2020/12/22
日本を開国させた男、松平忠固: 近代日本の礎を築いた老中 / 関 良基
日本を開国させた男、松平忠固: 近代日本の礎を築いた老中
  • 著者:関 良基
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(268ページ)
  • 発売日:2020-06-30
  • ISBN-10:4861828120
  • ISBN-13:978-4861828126
内容紹介:
“開国”を断行したのは、井伊直弼ではない。誰よりも海外情勢を認識し、徳川斉昭や井伊と対立して開国・交易を推進。そして養蚕業の輸出の基盤を造った松平忠固。その歴史的真相と実像を初めて… もっと読む
“開国”を断行したのは、井伊直弼ではない。
誰よりも海外情勢を認識し、徳川斉昭や井伊と対立して開国・交易を推進。そして養蚕業の輸出の基盤を造った松平忠固。その歴史的真相と実像を初めて明らかにする。

確実な史料・文献を用いた「日本開国史」への異議申し立て
松平忠固こそが、日本「開国」の舵取りだったとし、これまでの「日本開国史」に異議申し立てを行なう。大奥や上田藩の生糸輸出の話も興味深い。忠固の未刊日記や確実な史料・文献を用い、読みやすい工夫も随所に施されている。 岩下哲典(東洋大学教授。歴史学者)

明治維新を神話化するためには「幕府は無能」でなければならず、“開国の父”松平忠固は、闇に葬られる運命にあった。〈交易〉を切り口に、日米修好通商条約の「不平等条約史観」を鮮やかに覆す。世界資本主義へデビューする日本の姿を克明に描いた“開国のドラマ”。
佐々木実(ジャーナリスト。大宅壮一ノンフィクション賞、城山三郎賞ほか受賞)

不平等条約史観に対抗する

ペリーが来航し翌年に日米和親条約を、また五年後に日米修好通商条約を結んだ。その交渉をまとめたのが、老中の松平忠固(ただかた)だ。

彼は忘れられた人物だ。徳富蘇峰は「老獪で我執な俗吏」と酷評した。薩長の「幕府は無能」キャンペーンが日本史を歪めている。「不平等条約史観」が学校で堂々と教えられている。義憤の筆が本書に凜とみなぎっている。

松平忠固は姫路藩主の十男に生まれ、上田藩主の婿養子に。一九歳で藩主。直後に三年続きの大凶作が襲う。三年の面扶持(武士俸禄のほぼ全額カット)を命じ、他藩で米麦を買い集め、餓死者を出さぬよう手を尽くした。

上田は養蚕の地だ。忠固は養蚕を奨励し品種改良や技術向上を図った。「上田産物会所」を設けて生糸の品質を管理し、大坂と江戸に直売所も開いた。ビジネス志向のリベラルな合理主義者だ。

忠固が四二歳のとき、ペリーが来航した。老中首座の阿部正弘は、徳川斉昭を海防参与に招くと提案する。斉昭は水戸藩主で、トランプのようなプッツン大名。過激な攘夷論者だ。女癖も悪く、大奥の女性を手籠めにしたので、大奥で評判が悪い。忠固は反対するが押し切られた。徳川斉昭は以後、幕政を攪乱(かくらん)する疫病神となる。

開国を迫るペリーに、忠固は前向きだ。反対の斉昭と激論になった。ともあれ忠固の努力で、日米和親条約の調印にこぎつける。

佐久間象山の弟子吉田松陰が、黒船で密航を企て捕まった。死刑の声があったが、忠固は寛大に松陰と象山に国元蟄居(ちっきょ)を命じた。忠固の家臣も象山に学んでいた。松陰は忠固を、生涯敬慕した。

領事ハリスが着任した。交渉は関税率が焦点だ。阿部は退き、堀田正睦が老中首座だ。一時失脚した忠固も老中に復帰した。忠固は巧みに交渉し、輸入税率二○%をかちとる。税率は日本側が交渉して変えてもいい。不平等条約でも関税自主権の喪失でもない。堂々たる外交交渉の成果である。

交渉の報告を受けた斉昭は、ハリスの首を刎(は)ね忠固は切腹だ、といきり立った。以後、水戸派のテロが頻発する。堀田は諸大名の動揺を鎮めようと、忠固が止めたのに、勅許を得に京都に向かった。攘夷派に同調する公家が多く、勅許は下りなかった。幕府には井伊直弼が大老として乗り込み、水戸派の攘夷論を弾圧し、忠固も排除した。忠固は辞め際に日米修好通商条約に調印した。井伊は水戸派に襲われ桜田門外で暗殺される。

著者の関良基(よしき)氏は農学者。歴史が専門でないという。だが見事な議論だ。考察その1。アメリカはなぜ日本を開国させたか。イギリスはインドに関税二・五%を課し、紡績業を壊滅させた。中国に関税五%を課し、植民地にした。低関税は帝国主義の常套だ。イギリスが来る前に通商条約を結び日本を守ろうとしたのだ。その2。外交音痴な薩長がイギリスに戦争を仕掛けて敗れ、関税を五%にされた。日本の工業化は停滞した。そのミスを隠そうと、幕府に責任を被せる「不平等条約史観」を広めた。攘夷論の開き直りである。

尊皇攘夷は非合理な自民族中心主義で、近代化を損ない、明治国家を歪め、大東亜戦争を招いた。忠固の育てた生糸は半世紀にわたって外貨を稼ぎ、近代化を支えた。目を覚ませ、先人の叡知に学べ。本書はその警世の書、必読だ。
日本を開国させた男、松平忠固: 近代日本の礎を築いた老中 / 関 良基
日本を開国させた男、松平忠固: 近代日本の礎を築いた老中
  • 著者:関 良基
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(268ページ)
  • 発売日:2020-06-30
  • ISBN-10:4861828120
  • ISBN-13:978-4861828126
内容紹介:
“開国”を断行したのは、井伊直弼ではない。誰よりも海外情勢を認識し、徳川斉昭や井伊と対立して開国・交易を推進。そして養蚕業の輸出の基盤を造った松平忠固。その歴史的真相と実像を初めて… もっと読む
“開国”を断行したのは、井伊直弼ではない。
誰よりも海外情勢を認識し、徳川斉昭や井伊と対立して開国・交易を推進。そして養蚕業の輸出の基盤を造った松平忠固。その歴史的真相と実像を初めて明らかにする。

確実な史料・文献を用いた「日本開国史」への異議申し立て
松平忠固こそが、日本「開国」の舵取りだったとし、これまでの「日本開国史」に異議申し立てを行なう。大奥や上田藩の生糸輸出の話も興味深い。忠固の未刊日記や確実な史料・文献を用い、読みやすい工夫も随所に施されている。 岩下哲典(東洋大学教授。歴史学者)

明治維新を神話化するためには「幕府は無能」でなければならず、“開国の父”松平忠固は、闇に葬られる運命にあった。〈交易〉を切り口に、日米修好通商条約の「不平等条約史観」を鮮やかに覆す。世界資本主義へデビューする日本の姿を克明に描いた“開国のドラマ”。
佐々木実(ジャーナリスト。大宅壮一ノンフィクション賞、城山三郎賞ほか受賞)

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年10月17日

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