書評

『明治維新の意味』(新潮社)

  • 2021/04/09
明治維新の意味 / 北岡 伸一
明治維新の意味
  • 著者:北岡 伸一
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(368ページ)
  • 発売日:2020-09-18
  • ISBN-10:4106038536
  • ISBN-13:978-4106038532
内容紹介:
どうしても「国史」として語られてきた明治維新。欠落していた世界史的・比較史的視点から試みた、新しく画期的な「維新論」の提示。

民意を反映する流れのきっかけ

2年前、明治維新150周年を迎え、関連書物は数多く刊行されているが、本書は着眼の斬新さ、論述の明晰さ、目配りの広さにおいて群を抜いている。

最大の特色は政治外交史の視点から政治決定の過程を捉え、合意形成がどのように達成されたかを検証した点だ。自由民権運動、憲法制定までを対象としたのもそのためである。

いかなる政治改革も支配側にとって大なり小なり自己否定を意味している。ましてや権力交代となると、当事者にとって死活問題になる。体制の転換にはしばしば超法規的な手段が用いられ、当事者が衝突したり、流血を招いたりすることも珍しくない。しかし、大政奉還のとき、国が大混乱に陥ることはなく、周辺国に比べると、戦争ごっこのような局地戦しか起きていない。版籍奉還、廃藩置県、地租改正などはいずれも既得権益が大きく損なわれる大改革であるにもかかわらず、内戦どころか大きな政治的危機にもならなかった。なぜ、日本はそれができたのか。海外でもしばしば議論されていた。

著者が注目したのは、公論にもとづく国家の意思決定である。むろん、「公論」とはいっても、現代とは意味がずいぶん違う。五箇条の御誓文(ごせいもん)は「広く会議を興し万機公論に決すべし」と冒頭に掲げているが、本来、想定したのは藩主などの有力者であった。だが、「公議輿論(こうぎよろん)」が当事者のあいだで一種のコンセンサスとなると、有力者だけでなく、有能な下級士族の発言力も増大した。こうして、政治を担う意志と能力のある人間は徹底して議論を尽くし、ベストの政治決定を下す気風が徐々に醸成されるようになった。

「公論」の概念的活力は維新直後の政権運営に生かされただけでなく、のちに憲法制定、議会開設などにもつながり、政党政治の発展に寄与した。その意味において、著者は明治維新のことを「民主化」と称している。むろんそれは比喩的な表現で、政治の民主化が成し遂げられたというのではない。ただ、民意を反映する政治が形成される歴史の流れにおいて、明治維新はきわめて大切なきっかけを作ったのは確かなことである。

国際協力活動に携わり、途上国支援の先頭に立って活躍してきた著者の経験は本書にも生かされている。とりわけ、同時代の清国や朝鮮との比較は興味を引く。同じ儒教国でも知識人の世界認識は彼我のあいだに歴然とした違いがある。幕末の武士は漢詩文の教養を身につけたが、軍事的な視点は失われていない。西洋の砲艦を見ると、一瞬にして勝てないことに気付いた。彼らは現実を直視しており、精神力に頼ることも、過剰な自文化優位の意識に囚われることもない。清国は早くから外交使節を欧米に派遣したが、岩倉使節団のように、政権中枢の人物が自ら海外に赴いて視察し、その経験を政治や経済の改革に生かそうとする人物は現れなかった。日本は儒教文化の中心から離れている分、周辺的な経験はかえって世界を冷静に眺め、合理的に行動することを可能にした。

 近世から近代への転換を動態的に捉えながら、価値の権威的配分において多数による意思決定がどのように定着したかが解き明かされただけでなく、国家のあり方の将来を考える上でも多くの示唆を与えてくれる。
明治維新の意味 / 北岡 伸一
明治維新の意味
  • 著者:北岡 伸一
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(368ページ)
  • 発売日:2020-09-18
  • ISBN-10:4106038536
  • ISBN-13:978-4106038532
内容紹介:
どうしても「国史」として語られてきた明治維新。欠落していた世界史的・比較史的視点から試みた、新しく画期的な「維新論」の提示。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年12月26日

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