書評
『友は野末に: 九つの短篇』(新潮社)
困惑と屈託を味方につけて
学校になじめずにグレて、博打(ばくち)にのめりこむ。ナルコレプシーという睡眠に関係する持病のため、幻覚に襲われる。色川武大の『友は野末に』は、そんな作家の生活と人生を織りこんだ九つの短編を収める。哀感とユーモア、そして独特のサービス精神に満ちた文章の数々。「私はこのまま学校へ行かずに、永久に体制の外へはみ出てしまうとしても、それ以外に道がないと思うことができた」という箇所がある。「思った」ではなく「思うことができた」なのだ。可能性の意味合いを、そっと含み持たせるこんな表現一つとってみても、この書き手の心の角度が伝わってくる。
私は生家を出て、外をほっつき歩いていて、道路に寝たり、あちこち流れ歩いていた期間が長いが、といってまるっきり生家に寄りつかなかったわけでもない。
いつも鍵のかかっていない家。そっと戻ると、留守にした間に自分の部屋は野猫の巣となっている。
かなりの数の猫がこの部屋に出入りすることを知った。
虫たちも入ってくる。眼前に現れては消える生き物たちとの距離を「私」は「交際」と呼ぶ。
表題作は、子供のとき親友だった大空くんを語る。幼稚園や小学校で、大空くんもまた周囲となじめない。納得できないことがあると、大声で「いやだ」と叫ぶ。先生をてこずらせる。大人になるにつれて、理由もなく離れていった大空くんから、三十年ぶりの来信。山の宿をやることになった、よろしく。「私」は大人になってからの大空くんの生活を知らない。でも、記憶にはたしかに大空くんの「熱い表情」が残る。
どう生きればいいかわからない。そんな思いを、幼いころから抱えてきた人は、色川武大の文章を読めばきっと自分の心と重なる傾きをそこに見出(みいだ)すだろう。困惑と屈託を、突き放すよりも、むしろ味方にして進む世界だ。
朝日新聞 2015年5月10日
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