書評

『パラダイス・モーテル』(東京創元社)

  • 2017/11/14
パラダイス・モーテル  / エリック・マコーマック
パラダイス・モーテル
  • 著者:エリック・マコーマック
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(273ページ)
  • 発売日:2011-11-30
  • ISBN:4488070698
内容紹介:
長い失踪の後、帰宅した祖父が語ったのは、ある一家の奇怪で悲惨な事件だった。一家の四人の兄妹は、医者である父親に殺された母親の体の一部を、父親自身の手でそれぞれの体に埋め込まれたという。四人のその後の驚きに満ちた人生とそれを語る人々のシュールで奇怪な物語。ポストモダン小説史に輝く傑作。

エリック・マコーマック(Eric McCormack 1938- )

スコットランド出身のカナダ人作家。オンタリオ州のカレッジで教鞭を取りながら、創作活動をおこない、短篇集『隠し部屋を査察して』(1987)でデビューを果たす。『パラダイス・モーテル』(1989)は第一長篇。現在もなお教師をつづけているらしい。教えているのは十七世紀文学と現代文学。そのほかの著作にThe Mysterium(1993)、First Blast of the Trumpet Against the Monstrous Regiment of Women(1998)、The Dutch Wife(2002)がある。

introduction

ウェブを検索していたら「エリック・マコーマックに男の赤ちゃん誕生!」という日本語記事を見つけて、ありゃあマコーマックもそんなことが取りあげられるほど有名になったんだなあと喜んでいたのだが、これはぼくの早とちりだった。同名の人気俳優がいたのである。しかもこっちのマコーマックもカナダ人。ほかのサイトでは、ふたりを混同して、『パラダイス・モーテル』を書いた作家は一九六三年生まれになっていたりする。……などという埋め草を書いているのは、マコーマックについての情報があまりに少ないせいだ。もっと注目されていい作家である。柴田元幸氏も指摘しているように、彼の作品は「猟奇的だが病的な感じはしない」。その独特な味わいを、ぼくの紹介ではうまく伝えられているだろうか。

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物語には拡散していくものと、収束していくものがある。夢野久作『ドグラ・マグラ』ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22』などは、〈拡散〉型の好例だろう。ストーリイが次々に分岐し、新しいエピソードも割りこみ、読む者をめくるめく感覚へと誘う。一方〈収束〉型に属するものの代表は、本格ミステリである。いくつもの伏線がひとつの結末へと撚りあわさっていく過程で、読者はカタルシスを覚える。

実際のところ、ここで言っている拡散/収束の概念は厳密なものではない。ひとつの小説のなかでも、拡散する部分と収束する部分があるのだし、読者の読みかたによっても変わってくる。それでも、小説を読む楽しみを表現しようとするときに、この二分法はなかなか便利だ。あなたは〈拡散型〉と〈収束型〉どちらがお好みだろうか? あるいは問題にすべきは、拡散にせよ収束にせよ、その速度かもしれない。じわじわ拡散したり、ゆっくりと収束する小説は退屈だ。

エリック・マコーマックの『パラダイス・モーテル』は、とてつもない〈拡散〉小説かと思って読んでいくと、最後の最後で、奈落に引きこまれるように〈収束〉してしまう。加速度をつけて落ちゆくとき、読者は、先ほどまでの物語が拡散していく過程で、じつは収束につながる伏線が巧妙に張られていたことに気づく。なんともアクロバティックな作品である。

語り手であるエズラ・スティーヴンソンは、いまパラダイス・モーテルのバルコニーで、灰色の海の眺めながら、はるかむかしに祖父が話してくれた物語を思いおこしている。ある家族にまつわる、おぞましい物語だ。祖父はパタゴニアで航海についているとき、おなじ船に乗りこんでいた機関士から聞かされたのだという。

機関士が幼いころ、マッケンジーという名の医師が妻と四人の子どもをつれて赴任してきたが、一カ月もしないうち、その妻が行方不明になる。警察の捜索もむなしく、なにひとつ手がかりは見つからない。四人の子どもたちは以前とおなじように学校に顔をみせるが、ようすがおかしい。数日後、そのうちのひとりが授業中に腹痛を訴える。教師の通報で駆けつけた警官が発見したのは、四人の子どもの腹部にある真新しい切開手術の傷痕だった。医師は妻を殺害し、その遺体を切断し、子どもたちの体内に埋めこんでいたのだ。子どもたちの名は、エイモス、レイチェル、エスター、ザカリー。

祖父から聞かされたこの物語を、エズラは中年になるまで胸のうちに秘めていた。ところがある日、マッケンジーの子どもたちがその後の人生が気になりはじめる。とくに気にすることもない暗合だが、自分の名前エズラ(Ezra)は、四人の名の頭文字を並べたものなのだ。彼は、友人のクロマティ教授に「マッケンジー家の悲劇」についてなにかわからないだろうかともちかける。祖父の作り話かもしれないと疑いつつも、きまぐれで調査を依頼したのだ。しかし、ひとたび人に語ったことが呼び水となったように、エズラは四人の子どもたちが残した足跡を次から次に発見していく。クロマティの調査とは別に、すべて偶然、しかもそれぞれに関連のない情報がバラバラにあらわれるのである。

まずエズラは、《自己喪失者研究所》を訪れたおり、所長のドクター・ヤーデリから、彼女が若いころに遭遇したある症例を聞かされる。患者は首刈族の集落に迷いこんだ高齢のヨーロッパ人。彼は部族の浄化儀礼により、体に植物の種を植えつけられたと思いこんでいた。体から緑の木々がすくすくと育ち、自分は肥沃な土壌と化していくのだと。助けだされてすぐに死んだこの男の名は、エイモス・マッケンジーといった。

ところで、この部族にはいくつもの奇妙な慣習がある。シャーマンは子どものころから視神経を引きのばされ、ついには後頭部に目がくくりつけられる。また部族の少年は思春期になると青いトカゲを飲みこみ、月が満ち欠けするあいだ生きたまま胃袋に留めておかなければならない。独身男子は、ペニスの先につけた金のリングでアナグマをつないでおり、この動物は主人がセックスをするときに女のヴァギナに潜りこんで避妊の役割をする。などなど。こんな本筋とは関係のない、エピソードが撒きちらされているところからも、この作品の〈拡散〉度がうかがえるだろう。さらに、ドクター・ヤーデリと《自己喪失者研究所》のまつわる、数奇な物語も語られる。

おなじようにして、元新聞記者がレイチェルについて語り、引退したボクサーがエスターについて語る。いずれも饒舌で逸脱を含み、マッケンジー家とは関係のない自身の奇妙な想い出がおまけについている。しかし明らかになった事実といえば、レイチェルが同居していた女友達に刺し殺されたこと、エスターがカーニヴァルの串刺し男の後追い自殺をしたことぐらいである。

そして、クロマティ教授が、マッケンジー家の最後のひとりザカリーを知っている人物を見つけだす。この出版社を経営する女性は、かつてザカリーの書いた小説を世に送りだしたのである。ザカリーもほかのマッケンジー家の子どもと同様、異常な死をとげていた。彼の著作を焚書にふした民族主義者たちの目の前で、その火のなかに飛びこんだのだ。

こうして四人の運命は明かされた。しかし、エズラはいま、パラダイス・モーテルのベランダで思う。彼らは本当に、祖父が話してくれたあの兄弟なのか? クロマティ教授の調査でも、発端となった“妻殺し”は確認できないままだ。だいたい、短期間のあいだに都合よくマッケンジー家の子どもたちを知っている人物が、次々にあらわれるものか?

謎をはらんだまま、物語は一挙に収束へと転じる。この作品はミステリの趣向もあるので未読の方のために詳細は伏せておくが、物語の起点はいまここパラダイス・モーテルにあったのだ。謎はすべて無化され、因果は逆転する。もはやエズラが疑うことができるのは、自分という存在のみだ。

【この書評が収録されている書籍】
世界文学ワンダーランド / 牧 眞司
世界文学ワンダーランド
  • 著者:牧 眞司
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(397ページ)
  • 発売日:2007-03-01
  • ISBN:4860110668
内容紹介:
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パラダイス・モーテル  / エリック・マコーマック
パラダイス・モーテル
  • 著者:エリック・マコーマック
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(273ページ)
  • 発売日:2011-11-30
  • ISBN:4488070698
内容紹介:
長い失踪の後、帰宅した祖父が語ったのは、ある一家の奇怪で悲惨な事件だった。一家の四人の兄妹は、医者である父親に殺された母親の体の一部を、父親自身の手でそれぞれの体に埋め込まれたという。四人のその後の驚きに満ちた人生とそれを語る人々のシュールで奇怪な物語。ポストモダン小説史に輝く傑作。

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