書評

『クラッシュ』(東京創元社)

  • 2019/04/04
クラッシュ / J.G. バラード
クラッシュ
  • 著者:J.G. バラード
  • 翻訳:柳下 毅一郎
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(246ページ)
  • 発売日:2008-03-24
  • ISBN:4488629121
内容紹介:
六月の夕暮れに起きた交通事故の結果、女医の目の前でその夫を死なせたバラードは、その後、車の衝突と性交の結びつきに異様に固執する人物、ヴォーンにつきまとわれる。理想通りにデザインされた完璧な死のために、夜毎リハーサルを繰り返す男が夢想する、テクノロジーを媒介にした人体損壊とセックスの悪夢的幾何学を描く。バラードの最高傑作との誉れも高い問題作、初文庫化。
これはJ・G・バラードによるポルノグラフィーだ。でも、あんなことやそんなことを想像して、「いけないわ、いけないわ」「いいじゃないか、いいじゃないか」とコーフンを隠そうとしない貴方、それはちょっと違う。なんたってこれは、“世界最初のテクノロジーに基づくポルノグラフィー”“セックスとテクノロジーの悪夢のような婚姻”を描いた小説なんだから。

主人公にして語り部を務めるのは作者と同名のジェイムズ・バラード。自動車事故で瀕死の重傷を負った彼は、ヴォーンという科学者と知り合う。オートバイの事故による傷跡で全身を飾るヴォーンは、自動車事故現場で撮った写真をコレクションしたり、車の中で四六時中勃起していたり、娼婦に事故で死んだ女と同じ姿勢を取らせてファックしたりと、実にアブナイ男。極めつけは彼の強迫観念(オブセッション)の根底にある性的願望である。「女優エリザベス・テイラーとカーセックスしながら衝突死を遂げたい」とは……。女優の好みうんぬんをさておいても、相当に悪趣味な願望ではあるまいか。

ところが、ジェイムズはそんな彼にぐんぐん惹かれていく。自分が起こした事故で死んだ男の妻と夢中になってカーセックスをするようなヤツだから、まあ、ヴォーン的破滅願望者に我を投影させたくなるのもむべなるかな、なんではあるんだけれど。それにしてもなあ。ヴォーンと自分の妻が洗車機セックス(笑)する場面を眺めて奇妙な幸福感に浸るまではいいとしても、ヴォーンとカー・アナルセックスするところまで自分の強迫観念を育てるこたあねえんじゃねえかと、凡庸なわたくしは思うわけで――。

さて、ヴォーンは憧れの映画スターの乗ったリムジンにぶつかるつもりで、ジェイムズの車に乗ってロンドン・ヒースロー空港線高架橋のガードレールを飛び越える。が、彼がクラッシュした相手は旅客で満員のリムジンバス。ヴォーンはたくさんの関係ない人たちを巻き込む形で“真っ赤なトマト”(©大友克洋『童夢』)になってしまうんである。これを徒死(むだじ)にと笑うか、昇天とたたえるかで、貴方の性的倒錯度も知れようというものだ。ウフッ♡

バラードが本書を発表したのは七三年。サイバーパンクが席巻する一〇年以上も前に、これほどクレイジーなテクノ・ポルノグラフィーを書くなんて、さすがとしかいいようがない。

内宇宙(インナースペース)を追求した六〇年代ばかりが、バラードの華ではないんである。
クラッシュ / J.G. バラード
クラッシュ
  • 著者:J.G. バラード
  • 翻訳:柳下 毅一郎
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(246ページ)
  • 発売日:2008-03-24
  • ISBN:4488629121
内容紹介:
六月の夕暮れに起きた交通事故の結果、女医の目の前でその夫を死なせたバラードは、その後、車の衝突と性交の結びつきに異様に固執する人物、ヴォーンにつきまとわれる。理想通りにデザインされた完璧な死のために、夜毎リハーサルを繰り返す男が夢想する、テクノロジーを媒介にした人体損壊とセックスの悪夢的幾何学を描く。バラードの最高傑作との誉れも高い問題作、初文庫化。

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初出メディア

PASO(終刊)

PASO(終刊) 1995年9月号

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