書評
『異形の愛』(河出書房新社)
小説にモラルなんていらない。世界のあらゆる様相を描くことが文学の役割のひとつなら、作品中に差別用語や偏見を声高にがなり立てる人物が登場したとしても、そういうイヤなヤツが現にこの世には有象無象と存在しているという意味で何の問題があるのか、とわたしは思う。
世界はまた健常者だけで成り立ってるわけでもないし。フツーに五体満足(この言葉は嫌い。芸能人が子どもが出来た時、「男の子と女の子のどっちがいいか」と聞かれて、「五体満足であれば」なんて答えるとこ見ると暴れたくなる)に生まれて、フツーの倫理観で人生をまっとうする人たちばかりで、社会は構成されてるわけじゃないし、もし、そうなら世界はずいぶんのっぺらぼうで味気ないものになってしまう。大体さ、そもそもフツーって何?
キャサリン・ダンの『異形の愛』は、そういう何が基準になってるかもわからないまま、なぁーんとなく世間にのさばってる“フツー”って感覚を根底から揺さぶる怪作なのだ。
妊娠中の妻に薬物を飲ませて見世物用のフリークスを誕生させる団長。そうして生まれてきた、胴体にヒレのような手足を持つアザラシ少年、美しきシャム双生児、この物語の語り部である背中にこぶを持つ小人症(しょうじんしょう)のオリンピア、見た目はフツーだけれど強力な念動力を持つ末っ子、彼ら五兄弟姉妹は両親の一風変わった愛情に包まれてすくすく育っていく。彼らにコンプレックスなんかカケラもない。むしろ「(願いがかなうなら、家族が心身ともに健全であってほしいかって質問に対し)バッカじゃない! 家族はみんなユニークなの。あたしたちは傑作なんだよ。どうして大量生産品の仲間にならなくちゃいけないの? あんたたちなんか、服の違いでしかお互いの見分けがつかないじゃない」というオリンピアの発言に見られるとおり、強烈な特権意識すら抱いているのだ。
異形の者が語るフリークス一家の年代記――と紹介すると腰が引けてしまうかもしれないけれど、その読み心地は意外にもジョン・アーヴィングの『ガープの世界』や『ホテル・ニューハンプシャー』のような寓意性の強い家族小説の味わいに近い。もちろん、誰もが親しめるアーヴィングの作品と比べれば、毒も刺激も強い――たとえば、アザラシ少年に憧れるフツーどもから自ら手足を切り落とす身体損傷カルト集団が生まれるとか――けれど、わたしはこの物語を読んで差別的だと感じたり、嫌悪感を覚えたりなんてしなかった。それどころか、人間精神の根底にある哀しみや苦悩、愛の普遍性などが、フリークスという特別な肉体を通し、よりリアルに立ち上がってくる様に感動を覚えたほどだ。
「美しいのはヴァラエティ」
オリンピアが言い放つとおり、多様であればあるほど世界は、闇と光のコントラストを深くしながらその表情を豊かにしていく。あなたや彼女や彼と違っていて当たり前な“わたし”。ちょっとヘンな数多くの“あなた”が世界を面白くしているのだ。
【この書評が収録されている書籍】
世界はまた健常者だけで成り立ってるわけでもないし。フツーに五体満足(この言葉は嫌い。芸能人が子どもが出来た時、「男の子と女の子のどっちがいいか」と聞かれて、「五体満足であれば」なんて答えるとこ見ると暴れたくなる)に生まれて、フツーの倫理観で人生をまっとうする人たちばかりで、社会は構成されてるわけじゃないし、もし、そうなら世界はずいぶんのっぺらぼうで味気ないものになってしまう。大体さ、そもそもフツーって何?
キャサリン・ダンの『異形の愛』は、そういう何が基準になってるかもわからないまま、なぁーんとなく世間にのさばってる“フツー”って感覚を根底から揺さぶる怪作なのだ。
妊娠中の妻に薬物を飲ませて見世物用のフリークスを誕生させる団長。そうして生まれてきた、胴体にヒレのような手足を持つアザラシ少年、美しきシャム双生児、この物語の語り部である背中にこぶを持つ小人症(しょうじんしょう)のオリンピア、見た目はフツーだけれど強力な念動力を持つ末っ子、彼ら五兄弟姉妹は両親の一風変わった愛情に包まれてすくすく育っていく。彼らにコンプレックスなんかカケラもない。むしろ「(願いがかなうなら、家族が心身ともに健全であってほしいかって質問に対し)バッカじゃない! 家族はみんなユニークなの。あたしたちは傑作なんだよ。どうして大量生産品の仲間にならなくちゃいけないの? あんたたちなんか、服の違いでしかお互いの見分けがつかないじゃない」というオリンピアの発言に見られるとおり、強烈な特権意識すら抱いているのだ。
異形の者が語るフリークス一家の年代記――と紹介すると腰が引けてしまうかもしれないけれど、その読み心地は意外にもジョン・アーヴィングの『ガープの世界』や『ホテル・ニューハンプシャー』のような寓意性の強い家族小説の味わいに近い。もちろん、誰もが親しめるアーヴィングの作品と比べれば、毒も刺激も強い――たとえば、アザラシ少年に憧れるフツーどもから自ら手足を切り落とす身体損傷カルト集団が生まれるとか――けれど、わたしはこの物語を読んで差別的だと感じたり、嫌悪感を覚えたりなんてしなかった。それどころか、人間精神の根底にある哀しみや苦悩、愛の普遍性などが、フリークスという特別な肉体を通し、よりリアルに立ち上がってくる様に感動を覚えたほどだ。
「美しいのはヴァラエティ」
オリンピアが言い放つとおり、多様であればあるほど世界は、闇と光のコントラストを深くしながらその表情を豊かにしていく。あなたや彼女や彼と違っていて当たり前な“わたし”。ちょっとヘンな数多くの“あなた”が世界を面白くしているのだ。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

毎日中学生新聞(終刊) 2003年2月17日
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