書評
『キッシンジャー 上: 世界をデザインした男』(NHK出版)
迫力ある人間くさいドラマ
ヘンリー・キッシンジャー。ニクソン、フォード両政権の下で外交を一手に握り、米ソデタント、中国との新しい関係、ベトナム戦争の終結、中東和平、SALT交渉などに、華々しく力を奮ったドイツ生まれのユダヤ難民の、これは出世物語だ。しかし本人を含めて多くの関係者からの膨大なインタヴューを基に書き上げられたこの初の本格的評伝は、断じてサクセス・ストーリーではない。政策決定のミクロな叙述を通して、解決すべき外交課題を前にしたキッシンジャーとその周辺の人物たちとのきわめて人間くさいドラマが、これでもかこれでもかとばかりに迫ってくる。徹底した人間不信と極端な秘密好みから、権力志向の現実主義的な政策が生まれる。しかもニクソンとキッシンジャーとの相互不信が、かえって外交上の連携体制をすすめるというパラドクスをもたらす。
全体の四分の一を占める若き日のキッシンジャーに関する記述は、最も頭脳明晰(めいせき)と言われた彼の外交哲学のルーツを明らかにしてやまない。制度を無視した個人芸としての外交を批判したにもかかわらず、まさに「手練(てだれ)の技」を駆使したメッテルニヒやビスマルクの分析に熱中したキッシンジャーは、やはり自らの分析対象の丶似姿と化していく。
大統領補佐官から国務長官へと異例の出世をとげてなお個人芸を制度化させることなく、「シャトル外交」と呼ばれたように自らが最前線に立った。自身で「建設的曖昧(あいまい)さ」と称する交渉術に磨きをかけながら。著者はキッシンジャー外交によるデタント実現を正当に評価し、彼の劇的な外交スタイルがベトナム後のアメリカ外交の自信回復に役立ったことを認める。
しかし開かれた民主主義と現実主義的な外交とは、どこで折り合いをつけることができるのか。キッシンジャーの軌跡を追ってきて、何事も決断できない「理想主義」に振りまわされている日本外交のこれは反面教師に他ならないと気がついた。別宮貞徳監訳。
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