書評
『通商戦士 米通商代表部の世界戦略』(株式会社共同通信社)
アメリカ版「政と官」の分析
カーラ・ヒルズやミッキー・カンターの名は、日本でも通商摩擦の問題と共に記憶に新しい(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年)。いずれの場合も、アメリカ通商代表部(USTR)という組織の代表者であった。本書は、戦後半世紀という長い史的文脈の中に通商代表部を位置づけた上で、ケネディ政権からクリントン政権までのこの組織の盛衰の有り様を、具体的な人と政策を中心に描き出した歴史物語である。上下合わせて七百頁に及ぶ大作であるが、そこはアメリカ人のジャーナリストだけあって、生き生きと語る術はなかなかのもの。ついひきこまれて読ませられてしまう。そのコツは果たして何か。無論、歴史を扱ってもなお現代を語らねば無意味と考える彼等に共通の信念の持つ迫力のせいもあろう。また当事者のメモや彼等とのインタヴューを多用して、“場”の再現をはかる書き方のうまさによることもあろう。
ただ本書の魅力、とりわけ全体の四分の一を占める導入部の深い味わいは、どうやらもっと別の理由によるようだ。巻末の詳細な注を眺めていて、はたと思いあたった。著者はまったく対照的な生き様を示しながら、共に自由貿易の理念に殉じ特別通商代表の創設にかかわった二人の先輩を、敬愛の念をもって浮かび上がらせるのだ。片やミシシッピの没落農民の子から綿花王にのし上がったウィリアム・クレイトン、こなたハーバードから国務省入りしニューイングランドの上流階級の一員となったクリスチャン・ハーター。この二人については、資料としての書簡が隠し味ながら見事な効果をもたらしている。
そして彼等の視野の広さと比較した場合、ロバート・ストラウス(カーター政権)、ウィリアム・ブロック、クレイトン・ヤイター(レーガン政権)と現代に近づくにつれ、煩瑣(はんさ)になる仕事の内容ともかかわるのだろうが、事に臨んでの視野はしだいに狭くなっていくかの印象をうける。
そうだ、アメリカにもじわじわと官僚制の病理が進行しているのだ。その意味では、本書は、通商代表部を軸としたアメリカ版「政と官」の分析としても充分に読める内容となっている。
【下巻】