広大な宇宙は誰のもの?
わたしたちは世界をくまなく調べ、世界は有限だと知った。土地や資源が枯渇し始めたいま、空に浮かぶ大きく美しい天体――月――に、わたしたちが必要とする鉱物や物質がみちあふれていることがわかった。月はロケット発射台でもある。太古の人々が島から島へ移動しながら海を渡ったように、月があればわたしたちも太陽系を渡りさらに彼方へ到達できるだろう。となれば、いまわたしたちが新たな宇宙開発競争の渦中にあるのは当然だ。勝者が戦利品をつかむ。これは人類が確実に勝者になるための挑戦になるだろう。
宇宙は、まさに人類誕生の瞬間から人の生命を形成してきた。天界は人類初期の創造物語を語り、文化に影響を与え、科学の進歩を後押しした。しかし、わたしたちの宇宙観は変化している。それはいま、かつてないほど地球の地政学の領域に入りつつあるのだ。人類は国家、企業、歴史、政治、紛争を、はるか頭上の宇宙へ持ちだしている。そのせいで地上の生活に大変革が起こるかもしれない。
宇宙はすでにわたしたちの日常生活をかなり変えている。通信、経済学、軍事戦略の中心であり、国際関係にとってもしだいに重要になってきた。現在は人々が激しい戦いを繰り広げる最新の闘技場にもなりつつある。
宇宙が21世紀の巨大な地政学の物語になるという兆候は、長い時間をかけて積み上げられてきた。近年の例では、月でレアメタルと水が発見されている。イーロン・マスクのスペースXをはじめとする民間企業が、大気圏突破のコストを大幅に下げた。そして大国は地上からミサイルを発射し、新兵器の実験のために自国の人工衛星を爆破している。こうした出来事はすべて、姿を見せつつある大きな物語の断片だったのだ。
その物語を理解するためには、地政学を通して宇宙を見るといいだろう。そこには旅に適したルートもあれば、重要な天然資源が豊富な領域もある。何かを建てられそうな土地や、避けるべき危険な災害もある。ここ数十年間は、これらすべてが人類共通の財産とみなされてきた――いかなる主権国家もその名において宇宙を開拓したり所有権を主張したりすることはできなかったのだ。しかし、高尚だが時代遅れで強制力のない文書に祀られているこの考えは、ひどくぼろぼろになってきた。地球の国々はどこも他国を出し抜こうと機会をうかがっている。有史以来ずっと、天然資源を利用できた幸運な文明はテクノロジーを発達させていっそう強くなり、最終的には支配的立場を手に入れた。
だが今後も必ずそうなるとは限らない。宇宙での協力例は数多いし、医薬品やクリーンエネルギー等の分野で開発された宇宙関連技術の多くはわたしたちの助けになるだろう。世界を滅ぼす可能性のある大型小惑星の軌道変更の方法に取り組んでいる国もある――これ以上の共通財産はないと言える。SF作家ラリー・ニーヴンは「恐竜が絶滅したのは宇宙計画を持っていなかったからだ」と語った。あれほどの小惑星がまた落ちてきたら、厄介どころの話ではない。
宇宙開発競争が行きつく先は
わたしたちが現在地に到達するまで、長い時間がかかった。ビッグバン宇宙論によると、数千年の誤差はあるかもしれないが137億年前、現在宇宙にあるものすべてが、無のなかに存在するごくごく小さな粒子ひとつに圧縮されていた。宇宙にかんする概念のなかには理解が難しいものもあり、「無」についても科学者が際限なく議論している。彼らは量子真空といった概念を生み、宇宙のさざ波によってあらゆるものが突然発生したと論じているが、そうした理論を何度読んでもわたしにはさっぱり理解できなかった。宇宙は膨張し続けているらしい――だが、どこへ向かって? 現在の境界の外側には何があるのか? わたしには無というものが想像できないのだ。灰色の(ベージュでも可)どこまでも続く壁が思い浮かぶが、それもほんの一瞬だ。なぜなら、もちろん、灰色とはすでに何かであって、無ではないからだ……ここでわたしはあきらめてしまう。幸い、理論物理学者や宇宙学者はもっと意志が強い。「無」から粒子が爆発的に誕生した―だがそれは「ピカッ、バン、ドーン!」というより「バン、ドーン、ピカッ!」に近かった。光の粒子が初めて出現するのに38万年かかったからだ。この宇宙初期の残光は宇宙マイクロ波背景放射と呼ばれ、最新の宇宙望遠鏡で観測できる―はるか昔に、ほぼ宇宙の始まりまでさかのぼって。古いアナログテレビがあれば、その砂嵐と呼ばれるノイズ画面にも写りこんでいる。宇宙は膨張して冷え、重力がガス雲を生み、それが集まって凝結し、星になった。
現在は、太陽が形成されたのはおよそ46億年前とわかっている――宇宙のなかでは比較的新しい。この新たに誕生した太陽を取り巻く巨大な円盤状のガスとそれより重い破片が、太陽系の惑星とその衛星を作った。
惑星地球は太陽から数えて3番目の岩塊だ。まさにちょうどいい場所にある。実際、いまのところ、地球の居場所はそこしかない。というのも、地球が別の場所にあったら――わたしたちはそこには存在しないからだ。ビッグバン以降に起こったことすべてが、現在目にしている地形を形成し、わたしたちをここまで進化させた。地球はゴルディロックス惑星だ。童話に登場する少女ゴルディロックスが熱すぎず冷たすぎずちょうどいい温度のお粥を食べたように、暑すぎず、寒すぎず――生物にとってちょうどいい場所なのだ。地球の位置、大きさ、大気、すべてのおかげでわたしたちはずっと地に足をつけている。文字通りの意味で。地球の大きさが意味するのは、重力に大気をつなぎとめるだけの強さがあるということだ。無限の空間でよそに移動したところで、わたしたちは揚げ物になるか、凍りつくか、呼吸可能な空気がないために窒息するかだ。
アメリカの偉大な宇宙学者、カール・セーガンは、著書『百億の星と千億の生命』でつぎのように述べた。「多くの宇宙飛行士は、日光に照らされた半球の地平線に、あの細く輝く繊細な青い光を見たと報告してきた――それは大気全体の厚さを表している――そしてすぐに、誰に命じられたわけでもないのに、そのもろさやはかなさについて考え始めた。彼らは憂慮している。憂慮するだけの理由があるのだ」。そう聞いて、大気をもっと大切にしなければと考える人もいるだろう。
しかし人類はつねにさすらいの旅人だった。そして前世紀に地球を遠く離れ始めた。宇宙は広大なカンバスなので、人類はそのほんの片隅に自分たちの存在をスケッチしたに過ぎない。詳細を描きこむ場所がまだまだ残されている――手に手を取って。平和的かつ協力的な方法で新たなる宇宙時代へ進もうとするなら、わたしたちは宇宙を歴史的、政治的、軍事的コンテクストで理解し、それが未来にとって何を意味するかを把握する必要がある。
本書の冒頭の数章では、宇宙がわたしたちの文化や思想にどのような影響を与えてきたかを知るために、おもに宗教に基づいて形成された社会から、はるばる科学革命に至るまで、過去を振り返る。そこから、宇宙開発競争を促進したのは冷戦だった――それは人類の努力や革新を大きく跳躍させ、最終的にわたしたちは地球の束縛から逃れることができた。ひとたび解放されると、競争に値するチャンスや資源、そして戦略上のポイントに気づき始めた。現在わたしたちは宇宙地政学の時代を生きている。しかしいまのところ、この競争を規制する広く見解の一致したルールは確立できていない。人間の宇宙活動を管理する法律がなければ、天文学的レベルの意見の衝突がいつ起こってもおかしくない。
覚えておくべき現代の主役は、中国、アメリカ、ロシアである。この3か国は独立した宇宙開発国で、彼らが選ぶ道が地球の他の国々に影響するだろう。3か国とも軍隊に一種の「宇宙軍」があり、陸、海、空軍に戦力を提供する。どの国も、宇宙軍に戦闘能力を提供する人工衛星を攻撃したり防御したりする力を増しつつある。
残りの国々は、このビッグ・スリーには太刀打ちできないと理解しているが、それでも地球から上昇するものと空から下降するものについて発言権を持ちたいと思っている。そのため選択肢を査定し、「宇宙連合」に足並みをそろえている。ひとつの団結した惑星として前進する方法がみつからなければ、避けようのない結末が待っている。競争とおそらくは衝突が、宇宙という新たな闘技場で繰り広げられることになるのだ。
そして最終章では、はるか未来に目を向けて、宇宙がわたしたちに何を差し出してくれるのか、確認しよう――月で、火星で、さらに遠くで。
月は潮を岸へ引き寄せ、人類は月面に引き寄せられる。オオカミは鼻先を上げて夜空に浮かぶ銀色の円盤に遠吠えをする。人類は空を見上げてさらに遠くに、無限の彼方に目を向ける。わたしたちはつねにそうしてきたし、いまもその途上なのだ。
[書き手]ティム・マーシャル(ジャーナリスト)
1959年、イギリス生まれ。コソヴォ紛争やアフガニスタン侵攻、アラブの春など国際情勢の最前線を現地取材してきたジャーナリスト。著書に世界的ベストセラー『恐怖の地政学』、『国旗で知る国際情勢』など。