地球と人の未来、命を守るため木を植える
工業化による利便性を求めて人工環境での暮らしをよしとしてきた現代社会は、地球上の緑を消失させてきた。近年、二酸化炭素の大量排出が原因と思わざるを得ない異常気象の発生などもあり、森づくりへの関心が高くなっている。ところで、森と言ってもそこにはさまざまな姿がある。ここで9000年を意識した森づくり、つまり宮脇方式(メソッド)を考え出した宮脇昭の言葉を聞こう。「緑にはいろいろあります。木材生産のために針葉樹を単一植樹した人工林や里山の雑木林、都市の中の美化的、化粧的な緑、どの緑も大事です。(中略)今もっとも大事な緑は、鎮守の森に象徴される、土地本来のふるさとの木によるふるさとの森です。ふるさとの森はいのちを守り、環境を守るのです」
ふるさとの森づくりを提唱し、世界中で4000万本近くもの木を植えてきた宮脇先生(単に横浜国立大教授の職にあったからではなく、親しみをこめて誰からもこう呼ばれ、まさに先生だった)が亡くなられた今、その思考と行動のすべてがまとめられている本書を通じて、その活動が次の世代へと受け継がれることを願う。
雑草生態学を研究していた若い宮脇にドイツの研究室から声がかかり、そこで「徹底的に現場で植物を見る術」と「その土地がどのような植生を支える能力をもっているかという潜在自然植生の概念」を教え込まれた。これが宮脇の原点であり、すべてとも言える。帰国後、各地で植生調査をしているうちに、『日本植生誌』の必要性を感じ、緑の戸籍簿としての「植物群落組成表」、緑の現状診断図となる「現存植生図」、新しい緑環境の再生の科学的シナリオ「潜在自然植生図」を含む全十巻を製作する。研究チームからは「私たちを殺す気ですか」と言われるほどの作業は10年かかった。そこには緑環境の保全と再生のためのさまざまな森づくりの具体的提案まで書かれている。
宮脇方式と言われる森づくりに参加した人が、「みなしゃん! 一番大切なものはなんでしょう? それは命です。(中略)本物は永遠に残り、偽物は消えていく」という宮脇独特の熱のこもった言葉に動かされて木を植える気になったと語っている。ドイツでの学び、植生誌の製作という地道で着実な研究があってこその信念が生み出した魅力である。
本書で「宮脇方式のエッセンス」として示される具体はまず、その土地固有の森を見つけての観察から始まる。そして、植生生態学者がシナリオを作り、行政・会社・NPOなどからプロデューサーが出て、地域住民・社員・子どもなどが主役となって植えていくのだ。特徴は多種類の樹種の混植、密植である。ポットで育て根が30~40センチに成長したものを用い、後は自然の成長に任せるのである。世界各地での事例では、5年もすると森の姿が見え、10年で高層・中層・低層それぞれに特徴のある多層の立派な森が生まれている。鳥が運んだ種子から成長した低木や草本も生育し、植物だけでなく鳥や虫も多様性大の森となる。火災・暴風・津波などに対する防災効果があり、都市ではヒートアイランド現象を緩和することも明らかにされている。これを宮脇は「本物の自然」と呼ぶ。植物がお互いに競争し、時には我慢をして共生していく姿が自ずとでき上がり、そこには9000年継続する力が生まれるのである。
この森はテニスコートほどの土地でもつくれるので、今や日本で2773カ所、3399万677本、海外で19カ国164カ所あり、544万8772本が植栽された。本書にあるその全記録に圧倒される。本格的な森づくり運動は1971年、新日本製鐵(当時)の大分製鐵所で始まった。大企業と大学が手を組むことなど考えられない時代だったが、相手の本気を確かめて始めたと宮脇はふり返る。世界各地の活動に参加した人々を代表する100人ほどが記した活動記録と「宮脇昭さんとの思い出」は、楽しい読み物になっている。参加者に宮脇は必ず「あなたたちは本気でやるのか」と問いかける。このような活動は、本気の人がいなければ本物にはならないものなのだ。誰もが宮脇との出会いを幸せとし、森づくりが自分の生き方につながったと述べているのが印象的だ。公益財団法人鎮守の森のプロジェクト理事長細川護煕氏が中心になって進めようとした、宮脇の構想に基づく「緑の防潮堤」づくりは、東日本大震災で津波に襲われた地域の今後の防災に生かしてほしかった。宮城県岩沼市の「千年希望の丘」での実証など、少数例に止まっているのが残念である。
麦わら帽をかぶった宮脇と一緒に撮った写真では、参加者の誰もがすばらしい笑顔をしている。「植樹とは、明日を植えること、いのちを植えること、そして心に木を植えることなのです」という宮脇の言葉通り、この活動は地球と人の未来を支えているのだ。本書が学校の図書室や地域の図書館に置かれて、人の力で緑が生まれていく様子を示す写真を見た多くの人が、本物の植樹に参加する社会になることを願う。