読書日記

鹿島茂|文藝春秋「エロスの図書館」|『極楽商売 聞き書き戦後性相史』『日本緊縛写真史』『裏本時代』『アダルトビデオ 村西とおるとその時代』

  • 2017/10/12

失われた「風俗」を求めて

歴史とはなんとも不思議なものだ。その時代にはおぞましい異端とされたものが、時の経過とともに異端でなくなり、逆に正統とされたものを「価値なし」の項目に放りこんでしまう。だが、そうなってから歴史家が乗り出しても時すでに遅く、資料は散逸し、証人たちは鬼籍に入っている。なかでも異端の性風俗は「背日性」を運命づけられているから、歴史には残りにくい。

しかし、それでも奇跡は起きる。下川耿史(こうし)『極楽商売 聞き書き戦後性相史』(筑摩書房一五〇〇円)は、SM、性具、スワッピングなどのセックス産業のパイオニアたちから聞き書きした「性の証言集」である。中で興味深いのは、昭和四年から親子二代で『あか船薬舗』を開いている性薬具商の草分け加茂氏の話。

極楽商売―聞き書き戦後性相史 / 下川 耿史
極楽商売―聞き書き戦後性相史
  • 著者:下川 耿史
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(209ページ)
  • ISBN:4480818111

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※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

大陸雄飛の資金稼ぎに横浜桜木町で「性薬具専門店」の看板を掲げた加茂氏の父は、その看板まかりならんと当局のおしかりを受けたので、「セックス・ストア」と変えたところあっさり許可が下りた。SEXという英語が効いたのか、戦後にはマッカーサー元帥が『あか船』に現れた。これがきっかけとなりGIたちが続々と詰めかけた。朝鮮戦争が始まると、画用紙にペニスの絵を描いて同じものを作ってくれという注文が激増した。出征中にオンリーさんが浮気しないように代理ペニスを置いていこうとしたのである。だが、せっかく作ってやったペニスを受け取りにこないGIが多い。そのまま戦死してしまったのだ。残された張り形はお寺の坊さんに頼んで供養してもらったという。張り形と軍隊の関係はアメリカ軍に限らない。戦時中、陸軍病院からの注文で、股間を負傷した将兵のために、義肢ならぬ「義茎」を開発したこともある。その名も「助け船」。やがてモータリゼイションの時代になると交通事故で不能に陥った人が助けを求めにやってきた。だが当局の目が厳しいので断ると、その人は一礼して出ていった。「その姿を見ながら、つくづく性ってのは人間の業だと思ったね。セックスは卑しい、と決めつけている人々がこの光景を見ていたらどんな態度をとるだろうか」。とにかく、どの聞き書きも面白いの一語に尽きる。

この本には、日本におけるSMの開祖の証言も出てくるが、これをもっと大規模にして本格的な通史を試みたのが秋田昌美著・濡木痴夢男(ぬれきちむお)監修・不二秋夫写真監修『日本緊縛写真史』(全三巻予定 自由国民社四六六〇円)。歴史は伊藤晴雨から説き起こされているが、関心を引くのは、なんといっても、戦後の二大SM雑誌『奇譚クラブ』『裏窓』の両方に関与した須磨利之の巻。というのも「彼こそ戦後のSM雑誌界を大成させた責め絵画家の喜多玲子、縄師であり小説家、また緊縛写真家でもあった美濃村晃であった」からだ。京都の裕福な家庭に生まれた美濃村少年は、土蔵にしまってあった祖父のコレクションでSM趣味に目覚めたが、決定的な体験をしたのは、土蔵の柱に全裸で縛られている母を目撃したときのことである。母は役者遊びを祖父に発見され、折檻されていたのだ。床には水の跡が描かれていた。母はオシッコを漏らしていたのだ。この原光景がSMの開祖の原点となる。戦後復員した美濃村晃は大阪で発行されていたカストリ雑誌『奇譚クラブ』の編集に参加して、喜多玲子の筆名で縛られた裸女の絵を掲載し、同誌を史上初のSM雑誌に変身させる。次いで昭和二十九年に上京すると今度は『裏窓』を創刊、縛りから撮影、挿絵、執筆、編集まで一人でこなして、ついにイメージ通りのSM雑誌を立ち上げることに成功する。

日本緊縛写真史 1 (Bibliotheca Nocturna(夜の図書館)) / 秋田 昌美,濡木 痴夢男,不二 秋夫
日本緊縛写真史 1 (Bibliotheca Nocturna(夜の図書館))
  • 著者:秋田 昌美,濡木 痴夢男,不二 秋夫
  • 出版社:自由国民社
  • 装丁:単行本(317ページ)
  • ISBN:4426738008

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『日本緊縛写真史』と銘うつとおり、よくこれだけ審美的な緊縛写真を集めたと呆れるほどの充実ぶり。考証にも念が入っている。ヘアー解禁の恩恵はこうした歴史的ドキュマンの出版にこそ現れているようだ。

コレクションといえば、ビニ本、裏本、AVの類いはどうなっているのか気になるところだ。「資料」がものすごいスピードで「消化」されて残らないと思われるからである。しかし、この業界の裏面史に関してはこれ以上はないというほどに貴重な証言が現れた。本橋信宏『裏本時代』(一六五〇円)『アダルトビデオ 村西とおるとその時代』(一七〇〇円ともに飛鳥新社)である。近年まれに見る面白さで、二晩徹夜して読み終えた。そして、現代にもこれだけ桁外れの男がいたのかと心底驚いた。あのAVの帝王の村西とおるである。

裏本時代 / 本橋 信宏
裏本時代
  • 著者:本橋 信宏
  • 出版社:飛鳥新社
  • 装丁:単行本(326ページ)
  • ISBN:487031259X

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アダルトビデオ―村西とおるとその時代 / 本橋 信宏
アダルトビデオ―村西とおるとその時代
  • 著者:本橋 信宏
  • 出版社:飛鳥新社
  • 装丁:単行本(381ページ)
  • 発売日:1998-03-01
  • ISBN:4870313243

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一九八二年、駆け出しの風俗ライターだった著者は新英出版会長の草野博美という人物と知り合う。後の村西とおるで、この頃には北海道の裏本製造流通チェーン「北大神田書店」で巨万の富を得て、表のビジネスとして新英出版を作っていたのだ。「ゴージャスな本をこれからどんどん作ってもらわなければなりません。ね、局長、そうでしょ、ナイスな本作ってよ」。著者も『スクランブル』という写真スクープ雑誌の編集を任されるが、裏本チェーンの摘発で資金繰りがつかなくなり廃刊に追い込まれる。会長は起死回生の策としてポルノビデオに乗り出すが、こちらも倒産。

ところが、それから一年後、会長はアダルト・ビデオの監督村西とおるとして戻ってくる。名前はクリスタル映像の社長西村をひっくりかえして、村西でとおっているとの意味。著者は村西の憑かれたような不可解な情熱に煽られてAVの世界に入りこむ。村西はやがて黒木香の『SMぽいの好き』で大ヒットを飛ばしAVの帝王となるが、今度も狂ったような拡大政策に出て、あえなく破産。振り出しに戻る。

読み物としては前者のほうが優れているが、村西とおるという現代の大奇人の肖像を残したという点で後者も殊勲甲。これぞ「人間喜劇」と呼ぶにふさわしい。

【この読書日記が収録されている書籍】
オール・アバウト・セックス (文春文庫) / 鹿島 茂
オール・アバウト・セックス (文春文庫)
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(258ページ)
  • ISBN:4167590042

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初出メディア

文藝春秋

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