対談・鼎談

『サイゴンから来た妻と娘』(文藝春秋)

  • 2018/07/02
サイゴンから来た妻と娘 / 近藤 紘一
サイゴンから来た妻と娘
  • 著者:近藤 紘一
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(267ページ)
  • 発売日:1981-07-25
  • ISBN:4167269015

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木村 これは一九七一年から一九七五年まで、サンケイ新聞のサイゴン特派員をしていた著者の、体験的ベトナム論であると同時に、それとの対比において日本人論にもなっている本です。

著者はベトナムで、娘さんを連れた女性と結婚をするんですが、東京に帰ってきてからの具体的な日常生活を通して、ベトナム人の逞しい生活力を、素直な筆致で解き明かしています。本の帯に「ベトナム式子育て法」と書いてあるように、子育てについて、ベトナム人と日本人との大きな違いが、リァルに書いてあって、じつにおもしろい。

ベトナム人は子供を育てるとき動物を飼い慣らすのと同じ態度で臨んでいる。子供というのは本来的には性悪なものだから、力をもって一つの枠組みを与え、強い子につくりあげていく、というのがベトナム式育て方で、どんどん叱り飛ばすし、こき使う。このしつけは学業だけでなくて、身体づくりにもおよんでいます。

たとえばアオザイを着るためには――

背は高からず低からず、肩はほどほどにやさしく、おっぱいも大きからず小さからず、腰はキュッとくびれて、尻は丸く高く、さらに裾からのぞくくるぶしはカモシカのように軽快に

こういう体形につくらなければいけない。そのため母親が、娘には好きなコカコーラを禁じて牛乳しか飲ませないとか、背が高くなったらカナヅチでひっぱたく。

こうして、寝る間も切りつめてこき使い、その合間に、牛乳、バラ肉、どんぶりメシをいやというほどつめこんで娘の身体をつくってゆく。それで身体によけいなところが出たら後で削ぎ落とせばいい、といった具合で、すさまじい子育てをやっているわけです。

一方で、ベトナム人は非常に食いしん坊で、濃厚な食生活文化の中に生きている。つまり、中国とフランスの両方の文化の豊かさを受け継いでいるわけで、ベトナム戦争の際にも、食べものだけは山ほどあった。ベトナム人は野獣であれ、野烏であれ何でも食べ、たとえ閣僚級の人間といえどもある屋台の料理がおいしいとなれば、家族打ち揃ってやってくる。

このような点でベトナム文化というものに、日本とは違った豊かさが感じられます。また市場で物を売ったり買ったりする際に、売り手と買い手が丁々発止わたり合いながら次第に交渉をまとめていく。そういったことをしない人間は、人間としてバカであるというわけです。そして著者は、そんなところに、自由というもののもっている意味を見出しています。そういうベトナム人の逞しい生き方が、奥さんとその娘さんとの三人の共同生活のなかでじつによく描かれている本です。

山崎 わたくしは、日本人というものについて、改めて安心しました。つまり、わたくしとたいして年齢の違わない人間の中から、本当の意味での国際人というか、世界の中で生きられる人間が出始めているということですね。たとえばヨーロッパへ行って白人と結婚した日本人はたくさんいます。大陸浪人というような姿勢で大陸へ行って、中国人と結婚した人もいます。

しかし、この人は、ベトナムへ出かけて行って、固定観念による文化的上下関係などまったく意識せず、あたかも日本の中でたまたま知り合って恋愛結婚をするかのように、しかも子連れの離婚した女性と結婚する。その奥さんも飛び抜けて絶世の美人であったとか、たいへんな大金持であったわけではない。つまり、日本国内で恋愛して結婚するかのごとく、彼はベトナム人と結婚した。このことは、感動的事実だと思います。いままでの日本で、そうはないことですね。

娘との接触を見ていても理想的な関係だろうと思うんですが、セックスの話もすれば、夫婦のあいだの悩みも話し合う。なかなか得難い家庭をつくっていますね。

丸谷 この人は非常に健全な自由人として、生きているわけですよね。ぼくは一人の人間として、そのことにたいへん好感をもちました。その次に、一人の小説家として、ずいぶんノンフィクションというものは楽でいいものだなア、と思いました(笑)。

つまり、もしこれが小説だとしますね。この主人公は、友だちから海水浴に誘われる。そして、その友だちが二人の女を連れてくる。片方の女は絶世の美女である。主人公は、それを見て、よくオレの好みをわかっててくれた、と思って感謝する。ところが友だちは、「おい、早まるな、あれはオレのサイゴン・ワイフだ」といって、もう一人を指さす。それは二十五歳のようでもあれば、五十歳のようにも見える非常に幅の広い……(笑)女なんですね。

山崎 写真で見ると、なかなか美人ですがね。

木村 歳は最後まで書いてない(笑)。

丸谷 そもそも写真入りだってことがうらやましい(笑)。

で、一緒に海水浴に行く。そこでのことは書いてなくて、時々見せた笑顔がとってもきれいだった、というようなことが書いてあるだけです。海水浴のあとしばらくたって、主人公は家主と喧嘩し、荷物をまとめて飛び出す。歩いていると、その女の人とバッタリ会う。事情を説明すると、「じゃあわたしの家へ来たら」と誘われる。

ところが、その家は、親類縁者がいっぱいいて、住むべき部屋はない。そうすると彼女は、「あたしの部屋に泊まればいいじゃない」という。それで、こういうことになった。と、こうなるんだよね。小説の書き方としてはズボラ極まる(笑)。

ぼくは、これを小説として可能にするためには、海水浴のところを、もっとじっくりと書きこまなきゃいけないと思うんだよ。

ところが、ノンフィクションというのは、淡々と書けるわけです。だから、かえってこっちが気を回して、これは、きっと海水浴のときに、宿屋でできたにちがいない、などと勘ぐって……(笑)。

山崎 それは愉快だ。

丸谷 ぼくは、その可能性かなりあると思うんだ(笑)。それで、いろいろ愉しむわけですよ。

だから、ノンフィクションを書くということによって、小説よりももっと強く人間の精神を刺激する、そういう利点があるんだなあ、とおもしろく思ったんです。

山崎 この著者の言葉を借りていえば、彼自身が日本において、すでにデラシネなのですね。何か、さまざまな風俗が、すべて等し並みに見えてしまう。いろいろな文化というものが、自分の国をもふくめてふと客観的に見えてしまうような、心の中の空洞を抱えた人ですね。この人はそういうものが半分あって、ベトナムの女性を理解できたんだろうという気がする。

丸谷 非常に相対的な、醒めた精神をもっている人ですよね。しかし冷たくはない。そこのところの程加減がなかなかうまい。

山崎 この人は、まだ四十前なのに子供を産むことを、はっきりと断念しているんですね。それをミーユンという養女に約束してしまう。これは娘のためにこと新しく決心したんではないな、というのが、わたくしの文学的勘です。

つまり、その前に、彼はどこかで、子供を産まないという心理的傾向があって、だから、この女性と結婚したんだな、という気がします。

丸谷 奥さんを連れて日本へ帰ることになるでしょう。そのために結婚するわけですね。結婚当夜の食事に、奥さんの前のご亭主がやってきて、コニャック・ソーダーをむやみにガブガブ飲み、「ベトナムの女は世界一優しいんだ。そして世界一気性が激しいんだ。お前さんも忘れるなよな」といって、前に細君から(これつまり花嫁なんですね、今夜の)ナイフで刺された手の傷を見せる。「オレのことを忘れないでくれよな。奇妙な因縁で知り合ったが、あんたは本当にいい友だちだった」という。

すると、奥さんの叔母さんが非常に柔和な目つきで奥さんを見て、「おまえも日本くんだりまで行っちまうんだねえ。……住みにくけりゃ、すぐ帰ってくるんだよ」それから近藤紘一氏を見て、「あんたもだよ、あんたも帰っておいで」という。ここのところが、ものすごく感動的で、これだけの善意のある民衆に出会ったときに、人間は善意の固まりにならなければおかしいと思うんです。

山崎 そうですね。

丸谷 ぼくはそのことを、一応はっきりと断わった上でいうんですけれども、著者は、日本がベトナム難民を受け入れないことを非難している――

ベトナム難民に対する日本政府の冷たさはすでに国際的に定評がある。

米国はすでに十数万人を受け入れ、仏、オーストラリア、カナダなどもそれぞれ数千人から一万数千人を引き取っている。タイをはじめとする東南アジアの国々も、計十万人以上をかかえこんでいる。

日本の世論はベトナム戦争中、熱烈に他国の解放闘争を支持し、その反面、武器の部品やモーターバイクや電気製品をしこたま輸出して得た繁栄を直接間接に享楽することに、何ら疑問を感じなかった。おまけに戦争が終ればすべてを米国と旧政権の腐敗ぶりに押しつけ、「わたしたちは単一文化国家ですから他人のことは知りません」では、諸外国もあきれて物が言えぬだろう。

これだけベトナムの人々の善意に接した日本人が、日本政府のやり口に対して憤慨するというのは、自然なことでしょう。

しかし、現在の日本の土地と人口の関係、ベトナムに対して極端に近いという関係からいうと、たとえばカナダが何千人引き受けたという問題とは一緒にならないと思う。

山崎 大賛成。

丸谷 そこのところを一緒にして論ずるのは、どうもおかしい。

これは、喜劇的家庭小説のタッチで書かれたノンフィクションなのであって、その枠の中だけでならば、たいへんすばらしい本だと思います。しかし、その枠をはずれた天下国家の問題になったときには、残念ながら厄介なことがいろいろ出てくる。

山崎 この中でも、北ベトナムの共産主義者たちのやった解放の問題点、また、チュー政権が犯していたいろいろな誤ち、帝国主義者と、それに反対する人たちの両方の酷薄さというものを、彼は一庶民の立場から揺らぎながら見ている。そこまではいいんです。

しかし、そこから一歩出て、急に評論的な姿勢になったところは、あまりいただけない。そんなことをいうならば、日本が一所懸命、国際社会の中で生きているいまの姿勢というのは、ベトナム人一人一人が、あの戦乱の中でズルイことをしたり、こすっからいことをしたりしながら、一所懸命生きている姿勢とちっとも変らないのであって、もしもそのベトナム人の生き方に、筆者が同情をしめすなら、日本がいま国際社会の中でしめしているあらゆる悪徳、あらゆるこすっからさを認めなきゃいけない。

われわれがベトナム社会のあらゆる問題を、日本的尺度で測らないように、日本の特異性を、ベトナム的尺度、あるいはヨーロッパ的尺度で測ってもらっちゃ困るんですね。

丸谷 東南アジアの諸国から難民がワッと来たら、日本の労働者の地位はあぶなくなると思います。ぼくはやはり、東南アジアの難民たちよりは、日本の労働者のほうを大事にしたいと思うな。

木村 それは、いまのヨーロッパでもそうですね。スペインとか、イタリアからたくさん労働者が来ているでしょう。それに対して自国の労働者を保護しようという動きが強く出ていますね。

丸谷 それをエゴイズムということはできないと思うんですよ。

木村 ところで食いものの話ですが、パパイアの切干しとナマズの肉のつけ合わせとか、そんなものをアメリカから輸入していると書いてありますが、食うことに飽くことのない濃厚な文化をもっている。そういう意味ではやはり、日本のほうが貧しく見えますね。

山崎 でも、彼が納豆と生卵子をまぜたのを、ご飯にぶっかけて食ってたら、奥さんはこんな奴と結婚したのを生涯の恥だと思っているわけでしょう。だからそれはお互いさまなんですよ。

木村 いや、でも、日本人はこれほど食うことに執念を持たないですよ。

山崎 いや、それは、ちょっと違うと思いますよ。食いものに対する執念の持ち方の違いと、もう一つは、何に対してもつかということが両方重なっているから。

木村 日本では世界じゅうのものを食べられますけれども、それは一部の人が食べているんで、庶民が……。

山崎 いや、それだけはちょっと反対(笑)。庶民がこれだけバラエティーのあるものを食っているというのは、日本の特色だと思いますよ。

木村 そうかねえ。

山崎 だって、どの庶民取りあげても、フランス料理から、中国料理、朝鮮料理、古来の日本料理、イタリア料理、場合によってはスペイン料理まで食っている。

木村 だけど、この奥さんは自分で横浜の中華街まで行って材料を仕入れてきて……。

山崎 ニューヨークで豆腐を捜して東奔西走している日本人もいますよ。

木村 それだけのことかな。

山崎 それだけのことだと思う。

木村 そうかなあ……。日本人は一般的に、胃の腑を充たすために食べている傾向が強いと思いますね、食事つくりそのものに執念を持つ人は、やはり少数派でしかない。

山崎 それはサラリーマンの昼めしなんか見ているから、そうなんですよ。

丸谷 どうも、食いものの話になると衝突するなあ。ほかのことでは、いっこうに衝突しないのに(笑)。

山崎 ただわたくしは、本当に違うと思ったのは、一種の自然観ですね、奥さんがウサギを二匹買ってきた。たいへんかわいがって、耳をもってブラ下げることすら残酷だといっていた。ところが、ある日、そのウサギがいたずらをしたというので、バッサリ首を切り落として、丸焼きにして食っちゃう。そのあとで、もう一匹のウサギが彼女の夢の中へ出てきて、自分も早く殺してくれないと、輪廻転生の恩恵を受けられないと催促した。

丸谷 あそこおもしろいねえ。

木村 すべてがお釈迦さまの教えなんですね。

丸谷 ぼくは、あの問題について武田泰淳さんと語り合いたいと思いました。

山崎 本当にそうですね。

サイゴンから来た妻と娘 / 近藤 紘一
サイゴンから来た妻と娘
  • 著者:近藤 紘一
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(267ページ)
  • 発売日:1981-07-25
  • ISBN:4167269015

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【この対談・鼎談が収録されている書籍】
鼎談書評  / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • ASIN: B000J8ET3C

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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1978年6月12日

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