読書日記

伊集院静『文字に美はありや。』(文藝春秋)、正岡子規『仰臥漫録』(岩波書店)、カート・ヴォネガット『国のない男』(中央公論新社)

  • 2018/08/19

文字に残る人の熱

三十代半ばで大学に入った際のことです。やる気十分で新しいノートを買いそろえましたが「も、文字が書けない!」…。この言葉には二つの意味があります。ひとつは筆圧が弱くなったこと。もうひとつは漢字を忘れてしまったこと。パソコンや携帯電話で文字を打つばかりになった結果でした。以降、ペンとノートを持ち歩き、思いついたこと、気になったことなどを意識的に書くようにしています。

<1>伊集院静『文字に美はありや。』(文芸春秋・1,728円)。歴史に残る人々の名筆、名蹟(めいせき)から文字に美しい、美しくないということがあるのかを探った一冊。取り上げられる人物の実際の書が掲載され、エッセイとともに鑑賞できます。

第十八話「数奇な運命をたどった女性の手紙」で紹介される細川ガラシャと山内一豊(やまうちかずとよ)の妻の手紙を並べてみると、ガラシャの筆遣いの大胆さがわかります。読み難いのですが、書の流派を体得したガラシャの教養、当時の流行もあらわれている、と著者は説きます。一方、一豊の妻の文字はおおらかで読みやすい。美貌と悲しい最期が語り継がれるガラシャと、武士の妻の鑑(かがみ)とあがめられる一豊の妻。書に二人の運命が垣間見えるように思いました。

文字に美はありや。 / 伊集院 静
文字に美はありや。
  • 著者:伊集院 静
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:2018-01-12
  • ISBN-10:4163907777
  • ISBN-13:978-4163907772
内容紹介:
美しい文字とは何か。王義之からビートたけしまで。文人や作家の名筆、名跡をたどり考えた伊集院静流「書の楽しみ方」。写真も満載。

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俳人正岡子規が死の直前までを綴(つづ)った<2>『仰臥漫録(ぎょうがまんろく)』(岩波文庫・583円)。日々の食事を中心に直筆の俳句、水彩画、墨絵が掲載されています。

以前、子規が最期を過ごした東京・根岸の「子規庵(あん)」を訪ねたとき、庭の糸瓜(へちま)棚を見ました。本書に収められた糸瓜棚の画は低い目線から描かれている。画には「病室前ノ糸瓜棚 臥シテ見ル所」とありました。子規が布団に仰向(あおむ)けで描く姿が浮かびます。先の『文字に美はありや。』にも子規の字を確認しました。夏目漱石が子規宛(あて)の手紙に自分の俳句をしたため、子規は丁寧に添削して送り返しました。友人子規を俳句の師とした漱石。二人の深い信頼関係が伝わってきます。

仰臥漫録 / 正岡 子規
仰臥漫録
  • 著者:正岡 子規
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(195ページ)
  • 発売日:1983-11-16
  • ISBN-10:4003101359
  • ISBN-13:978-4003101353
内容紹介:
子規が死の前年の明治34年9月から死の直前まで、俳句・水彩画等を交えて赤裸々に語った稀有な病牀日録。現世への野心と快楽の逞しい夢から失意失望の呻吟、絶叫、号泣に至る人間性情のあらゆる振幅を畳み込んだエッセイであり、命旦夕に迫る子規(1867‐1902)の心境が何の誇張も虚飾もなくうかがわれて、深い感動に誘われる。

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アメリカ文学を代表する作家、カート・ヴォネガット<3>『国のない男』(金原瑞人訳、中公文庫・778円)には、一頁(ページ)丸ごと使ったヴォネガットの熱っぽい手書きのメッセージがいくつもあります。墓石らしい碑のイラストには「いまの地球は、どんな生き物にとっても絶望的だ」。本書の単行本は十年以上前に発売されましたが、いまだに切実な言葉です。

文字は書いた人の熱がいつまでも残り、読む者を熱くさせてくれます。

国のない男 / カート・ヴォネガット
国のない男
  • 著者:カート・ヴォネガット
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(198ページ)
  • 発売日:2017-03-22
  • ISBN-10:4122063744
  • ISBN-13:978-4122063747

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初出メディア

東京新聞

東京新聞 2018年6月

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