読書日記

橋本治『思いつきで世界は進む』(筑摩書房)、山崎ナオコーラ『文豪 お墓まいり記』(文藝春秋)ほか

  • 2019/03/21
今年1月29日に橋本治が死去。享年70。各紙誌での訃報の扱いも大きく、影響の大きさを感じさせた。小説に始まり、エッセー、評論、美術論、古典の新訳と幅広く自在な活動を続けていた。

『思いつきで世界は進む』は、PR誌『ちくま』に2014年7月号から連載された時評50編を収録。「はじめに」に「遠い地平を俯瞰(ふかん)的に眺めて、想像力だけを地に下して現実を低く見る」と、時評するスタンスを説明している。

扱うテーマは、政治を中心に「東大卒のすごい人達」「忖度(そんたく)」「ボブディランのノーベル文学賞」「平成30年」など、ほとんど全方位。我々は「戦後」をまだ確立できていない。なぜなら、愚かな総理大臣が「あれほど恥知らずな論理矛盾」を犯して平気だから、と現政権への批判は鋭い。

データの借用や社会学者の説の引用は皆無。すべて自前で、考え抜くのが著者だった。複雑な問題も、真っすぐ一本の線を引くように論じる。 爽快な思想家だった。

思いつきで世界は進む / 橋本 治
思いつきで世界は進む
  • 著者:橋本 治
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:新書(224ページ)
  • 発売日:2019-02-06
  • ISBN-10:4480071962
  • ISBN-13:978-4480071965
内容紹介:
「あんな時代もあったね」とでは済まされない数年。日本も世界も思いつきで進んでいる? アナ雪からトランプまで縦横無尽の時評集。

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墓を詣でる趣味を「掃苔(そうたい)」と呼ぶ。やや陰気で湿っぽいが、山崎ナオコーラ『文豪 お墓まいり記』は、雑談や寄り道ありきで楽しい散歩エッセーだ。

夏目漱石、永井荷風、谷崎潤一郎、太宰治、遠藤周作などの墓へ出かけ、花を手向け手を合わせる。作家案内の役目も担うが、「人生」への嫌悪感、食リポ、創作活動への迷い、死んだ父親の思い出と、頭の中は忙しい。

終戦前日、荷風が谷崎の疎開先・岡山を訪ねて食事をした。手土産は「肉」だったことを「最高の反戦活動」と著者は見る。澁澤龍彦の作品に触れ、「軽妙洒脱(しゃだつ)な死生観」と評するあたり、ちゃんと作家と向き合っている。漱石『こころ』批評も素晴らしい。

ところで、毎回のように掃苔のお伴をするのが書店員の夫君。エッセー『かわいい夫』に書くごとく夫婦とも「かわいい」。幸田文の墓で著者が「愛読しております」と言うと、夫はすかさず「本を売ります」。これには笑いました。

文豪お墓まいり記 / 山崎 ナオコーラ
文豪お墓まいり記
  • 著者:山崎 ナオコーラ
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(233ページ)
  • 発売日:2019-02-22
  • ISBN-10:4163909702
  • ISBN-13:978-4163909707
内容紹介:
谷崎、太宰、漱石……二六人の作家の墓マイラーになって、電車やバスに乗って、蕎麦や鰻を食べたり、花を供えたり。お散歩エッセイ!

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日比谷図書館資料課長だった池田信(あきら)が、生前に趣味で撮りためた2万点超えのネガプリント。『新装版 1960年代の東京』は、銀座を水路が巡り、路面を電車が走っていた都市が甦(よみがえ)る。佃島(つくだじま)には渡し舟、烏森(からすもり)には花街の名残、玉川上水にはなみなみと水があふれ、浅草国際通りから仁丹塔が見える。渋谷駅前は優雅でさえある。モノクロの力であろう。解説で松山巖は「六〇年代の東京の風景は、これほど静かで落ち着いていたのだろうか」と書く。記憶とともに消えていく町が愛(いと)おしい。

新装版 1960年代の東京 路面電車の走る水の都の記憶 / 池田 信
新装版 1960年代の東京 路面電車の走る水の都の記憶
  • 著者:池田 信
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • 発売日:2019-02-22
  • ISBN-10:4620325708
  • ISBN-13:978-4620325705
内容紹介:
1 9 6 0 年代の東京を記録した写真集。懐かしい風景が満載。泉麻人による解説「消えた風景/ 残った風景」も新たに収録!

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1978年生まれの加藤崇(たかし)の経歴はすごい。ヒト型ロボットのベンチャーを起こしたかと思うと、同社をグーグルに売却、単身渡米した。彼が今挑むのが、朽ちゆく水道管のインフラ整備だ。『クレイジーで行こう!』は、その悪戦苦闘と試行錯誤の1000日の記録。オンボロ住宅を拠点に、アメリカ人の相棒を得て、前人未到のチャレンジが始まった。著者にあったのは「志と有り余るバイタリティー、その場の判断能力」、そして「クレイジー」さだった。現代のサムライスピリットをそこに見る。

クレイジーで行こう!  グーグルとスタンフォードが認めた男、「水道管」に挑む / 加藤 崇
クレイジーで行こう! グーグルとスタンフォードが認めた男、「水道管」に挑む
  • 著者:加藤 崇
  • 出版社:日経BP社
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2019-01-11
  • ISBN-10:4822289583
  • ISBN-13:978-4822289584
内容紹介:
朽ちゆく全米の水道管は、僕たちが守る!単身渡米したサムライ起業家、情熱の「1000日戦記」ロボットベンチャーをグーグルに売り、世界の注目を集めた男、加藤崇。彼は今、アメリカで新たな… もっと読む
朽ちゆく全米の水道管は、僕たちが守る!
単身渡米したサムライ起業家、情熱の「1000日戦記」

ロボットベンチャーをグーグルに売り、世界の注目を集めた男、加藤崇。彼は今、アメリカで新たな勝負に挑んでいる。戦場は「水道管」。老朽化が深刻なインフラ保全は急務で、市場規模は100兆円。単身渡米した熱き日本人経営者は、何を目指し、何に悩み、何を試み、走り続けたのか。本書はその3年間の記録である。
■世界と戦うには、クレイジーくらいがちょうどいい。

――「生活に必要なものは全て揃ってしまった」「イノベーションを起こすことは難しい」。そういう声をたくさん聞くが、嘘っぱちだ。

――もともと情熱のない人たちに火を点けてまわってもダメだ。どこかに存在する、変わった人たち、情熱のある人たちを探すんだ。

――僕たちの会社には何のルールもない。世界最大の問題の一つを解く。解けたら新しい問題を解く。それが楽しいから会社に来る。エンジニアもマーケティング担当も、朝9時頃に来るのは強制だからじゃない。多くの同志と会うことができて、便利だからだ。

――僕たちは大企業がやらないこと、絶対にやれないことをやる。スピードと柔軟性を併せ持ち、曖昧さと複雑さの中を走り抜ける。形式ではなく本質を見つめ、出世や建前ではなく、仲間と信用を大切にする。僕たちの挑戦は、宣戦布告だ。

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もうすぐ新しい「日本の象徴」が誕生する。根岸豊明『新天皇 若き日の肖像』は、元皇室担当テレビ記者が新米時代の1985年、イギリス留学中の浩宮に同行取材した時から始まる回想記。文庫書き下ろしである。オックスフォード駅頭、初対面の当時皇太子は、ジーンズをはいた心優しき青年であった。寮で友人たちと語らい、自由な空気を吸い、各国を歴訪。そこで「新天皇」は何を見て、何を語ったか。昭和天皇崩御、雅子さまとの結婚、そして現在へと、直近の目でつぶさに伝えられる。

新天皇 若き日の肖像 / 根岸 豊明
新天皇 若き日の肖像
  • 著者:根岸 豊明
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • 発売日:2019-01-29
  • ISBN-10:4101004366
  • ISBN-13:978-4101004365
内容紹介:
「旅行の方ですか」紺のセーターにジーンズ姿の青年は、オックスフォード駅頭で、戸惑いながら私に声をかけてくれた。あの心優しい彼が今新しい「日本の象徴」になる……。英国留学、米大統領と… もっと読む
「旅行の方ですか」紺のセーターにジーンズ姿の青年は、オックスフォード駅頭で、戸惑いながら私に声をかけてくれた。あの心優しい彼が今新しい「日本の象徴」になる……。英国留学、米大統領との会見、南西アジア歴訪、そして世紀の成婚へ。若き浩宮はそのとき何を思い、何を守り続けたのか。長く皇室担当を務めた元テレビ記者が見た新天皇の素顔から、皇室の未来を占う。文庫書き下ろし。

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サンデー毎日 2019年3月24日増大号

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