読書日記

村上 龍『自由とは、選び取ること』(青春出版社)、村上 龍『テニスボーイの憂鬱』(幻冬舎)、ミシェル・ウエルベック『プラットフォーム』(河出書房新社)

  • 2019/08/01

読書日録

某月某日

村上龍による人生相談本『自由とは、選び取ること』を読む。人生相談というのは、身も蓋もないことを言うような薄情な人間が答えるほうがおもしろい。ホリエモンとか上野千鶴子とか。

村上龍もその系譜。冒頭、36歳、時給700円。結婚もできないという相談者に、「誰かに相談し、何かにすがり忠誠を示せば甘えることができる」なんて幻想は捨てろと趣旨を台無しにする回答。いや、さすが。起業して新規事業を立ち上げようとしている人には、「前もって成功して」おけだって。これはまた豪速球。

僕は仕事に行き詰まると村上龍のエッセイを手に取る。かれこれ25年のつきあいだ。今やテレビ番組で、町工場の技術を賛美し、日本のものづくりを応援するおじさんになった感のある村上龍だが、実はエッセイの切れは相変わらずだ。

“美人は3日で飽きるというのは、ブスの自殺を救うための嘘である”だの『ウィ・アー・ザ・ワールド』を見て“アフリカの貧困はアメリカのミュージシャンたちの才能のために存在する”といった龍の名言はいまでもよく覚えている。そして、最近またおもしろい時期が再到来中。でもさすがにキューバの音楽の話と映画撮影中の話は、退屈なので読み飛ばす。

自由とは、選び取ること / 村上 龍
自由とは、選び取ること
  • 著者:村上 龍
  • 出版社:青春出版社
  • 装丁:新書(187ページ)
  • 発売日:2013-02-02
  • ISBN:4413043871
内容紹介:
就職難、年収と結婚、モチベーションとマイナス思考、家族の喪失…日本人の切実な悩みと向き合う。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

某月某日

東浩紀の経営するゲンロンカフェでバブル経済と文化に関する講義を行った。その絡みで村上龍『テニスボーイの憂鬱』を読み直す。

主人公の青木は、横浜のニュータウンの地主の成金二世で、親の金で始めたステーキ店を経営し、メルセデスの450SLCを乗り回す妻子持ちの30男。スーパーのカメラ売り場の女子店員を、無理にセックスに誘ってゲロを吐かれ、コンタクトをなくしたと泣きつかれたりする。つまり、ダメな男だ。青木の人生でもっとも重要なのはテニス。彼が通うテニススクールには、フランス料理屋のシェフでオカマのキジマさんや、運動神経ゼロでほとんどボールが当たりもしないのに練習を続ける学生のコレミチ君など、テニスに情熱を燃やす個性的な人々が集まっている。青木は、二流CMモデルの吉野愛子を分不相応の伊豆の高級リゾートホテルでのテニス旅行に誘う。この恋愛にのめり込み、会えない時間を仕事に逃避した彼は、それまで情熱を持てずにいた仕事がうまく行き始める。

土地成金二世が、ベンツに乗り、リゾートを満喫する。この小説が刊行された1985年は、プラザ合意の年。バブル経済前夜である。60年代より首都近郊の開発が始まり、赤土しかなかった横浜の台地が次々ニュータウンとなる。経済成長の末に経済大国となった日本は、繁栄の時代にさしかかろうとしていた。そんななりふり構わない日本の自画像がまさにこの小説の主人公だ。そんな単純な見立てに、今回読み直して初めて気がついた。もう何度も読んでいるのに。そう、もう何度も読んだ。下世話で痛快。それが僕が小説に求める最大の要素だ。

テニスボーイの憂鬱 / 村上 龍
テニスボーイの憂鬱
  • 著者:村上 龍
  • 出版社:幻冬舎
  • 装丁:文庫(605ページ)
  • ISBN:4877285482

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某月某日

毎年8月に夏休みをとり、千葉の外房にあるリゾートホテルに出かける。その時期が近づくと、ドライブ用のCD、否、iTunesのプレイリストを作成し、持っていく本を揃える。今年もそんな時期が近づいているが、去年の夏休みに持っていった本が大当たりだったので再読した。ミシェル・ウエルベック『プラットフォーム』。ある人に「フランスの村上春樹」とおすすめされたが、むしろフランスの村上龍だと思う。

主人公ミシェルは、41歳の公務員。彼は父の遺産でタイへのツアー旅行に参加する。ツアーの同行者は、夫が自然療法士の夫婦にエコロジスト風の夫婦といった面々である。つまり彼らは、リベラルで先進的で知的で資本主義をあまり好まない人々。観光バスで名所を回り、観光ホテルに泊まるようなありきたりな旅行を小バカにする。タイ人女性のいる売春宿に出かけたミシェルは、ひんしゅくを買う。経済格差にものを言わせ性欲を満たす差別主義者であると。彼らのツーリズムは、禁欲的で、差別を嫌うのだ。

彼らがツアーに求めるのは、本当の歴史や文化、そして自然に触れること。いわゆるオルタナティブツーリズムってやつだ。この小説のよさは、そんな意識の高いツーリズムをバカにしてくれるところにある。結局のところ、彼らは意識が高いというよりも、発展しきった現代の西欧文明社会に飽きているに過ぎない。そして文化や自然を楽しむという名目で、未開発のアジアで冒険心を満たしている。オリエンタリズムというやつである。実際のところは昔の植民地ツアーと大差ないのである。

そんな連中の欲望を見透かした主人公は、ツアーを終えた後に観光プランナーであるガールフレンドと組んで、びっくり仰天のセックス観光プランを商品化するのだ。下世話で痛快。

『テニスボーイの憂鬱』は、1980年代に分不相応な欧州的リゾート観光に憧れる日本人のお話だったが、『プラットフォーム』は、そんなリゾート観光に飽きてしまったフランス人のお話ということになる。たまたま続けて読んだ2冊がうまい具合につながっている。発展しきった文明社会に飽きつつある人々が、観光を通して求めるものの変遷が見える。

観光には、欲望やポスト・コロニアル的な権力など、いろいろなものが潜んでいる。僕が来週出かける千葉の海岸もそうだ。地元では「処女捨て海岸」とも呼ばれるそこには、むきだしの欲望がある。といっても僕は、そのビーチで小説を読むだけなのだが。さて、今年はどの小説を持っていこうか。

プラットフォーム / ミシェル ウエルベック
プラットフォーム
  • 著者:ミシェル ウエルベック
  • 翻訳:中村 佳子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(414ページ)
  • 発売日:2015-10-06
  • ISBN:4309464149
内容紹介:
圧倒的な虚無を抱えた「僕」は父の死をきっかけに参加したツアー旅行でヴァレリーに出会う。高度資本主義下の愛と絶望を描く名作。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

すばる

すばる 2013年10月号

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