書評
『半島を出よ〈上〉』(幻冬舎)
村上龍が現時点の持てる力と情報をすべて注ぎ込んだ超大作『半島を出よ』の読後感は、完成度の高いハリウッドの大作映画を見終えたときの昂ぶりと似ている。この小説には、アカデミー作品賞こそがふさわしい。
上巻では北朝鮮のコマンドが福岡を占拠していく過程が中心となり、下巻ではその占領軍を全滅させるべく、カリスマ詩人イシハラのもとで暮らしている十代後半の若者たちがとてつもない作戦を極秘裏に展開していく。
村上龍の美質である緻密さが、冒頭から結末の一行まで一瞬たりとも緩まずに発揮され続けた小説は、初めてではないだろうか。何より、克明な人物造形が素晴らしい。この作品には、読者が足がかりとするような中心人物はいない。全体が二十四の章に分かれており、すべて違う人物の視点から描かれている。そのうち三分の一は、なんと北朝鮮将校の視点である。北朝鮮の超エリート将校たちが本当にこのような考え方をしたり行動をしたりするのか、私には判断のしようがない。けれど、できる限りその内面に届こうとする力は強靱で、こうであってもおかしくないと感じるほど圧倒的だった。実際、著者は膨大な資料を読み、数多くの脱北者にインタビューをしたあげく、不可能な領域に飛び込んだようだ。そのためには多くのスタッフや関係者の助力をあおいだと、あとがきに書いてある。
私がハリウッド映画のように感じたのは、このチーム力のせいかもしれない。この作品は膨大な人間の労力の結晶であり、それを村上龍が力業で融合させた。主要な役割は男ばかりという「男子小説」の欠点は残るものの、私は村上龍の最良の作品だと思う。
『半島を出よ』では、無知未経験がいかに身を滅ぼすか説かれているが、『天皇・皇室辞典』はまずは天皇制の基礎知識を知ろうという目的で作られた書物である。確かにためにはなるものの、「読む辞典」と呼ぶなら、文章からもっと学術色を消してほしかった。
上巻では北朝鮮のコマンドが福岡を占拠していく過程が中心となり、下巻ではその占領軍を全滅させるべく、カリスマ詩人イシハラのもとで暮らしている十代後半の若者たちがとてつもない作戦を極秘裏に展開していく。
村上龍の美質である緻密さが、冒頭から結末の一行まで一瞬たりとも緩まずに発揮され続けた小説は、初めてではないだろうか。何より、克明な人物造形が素晴らしい。この作品には、読者が足がかりとするような中心人物はいない。全体が二十四の章に分かれており、すべて違う人物の視点から描かれている。そのうち三分の一は、なんと北朝鮮将校の視点である。北朝鮮の超エリート将校たちが本当にこのような考え方をしたり行動をしたりするのか、私には判断のしようがない。けれど、できる限りその内面に届こうとする力は強靱で、こうであってもおかしくないと感じるほど圧倒的だった。実際、著者は膨大な資料を読み、数多くの脱北者にインタビューをしたあげく、不可能な領域に飛び込んだようだ。そのためには多くのスタッフや関係者の助力をあおいだと、あとがきに書いてある。
私がハリウッド映画のように感じたのは、このチーム力のせいかもしれない。この作品は膨大な人間の労力の結晶であり、それを村上龍が力業で融合させた。主要な役割は男ばかりという「男子小説」の欠点は残るものの、私は村上龍の最良の作品だと思う。
『半島を出よ』では、無知未経験がいかに身を滅ぼすか説かれているが、『天皇・皇室辞典』はまずは天皇制の基礎知識を知ろうという目的で作られた書物である。確かにためにはなるものの、「読む辞典」と呼ぶなら、文章からもっと学術色を消してほしかった。