書評

『となり町戦争』(集英社)

  • 2024/10/14
となり町戦争 / 三崎 亜記
となり町戦争
  • 著者:三崎 亜記
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(280ページ)
  • 発売日:2006-12-20
  • ISBN-10:408746105X
  • ISBN-13:978-4087461053
内容紹介:
ある日、突然にとなり町との戦争がはじまった。だが、銃声も聞こえず、目に見える流血もなく、人々は平穏な日常を送っていた。それでも、町の広報紙に発表される戦死者数は静かに増え続ける。… もっと読む
ある日、突然にとなり町との戦争がはじまった。だが、銃声も聞こえず、目に見える流血もなく、人々は平穏な日常を送っていた。それでも、町の広報紙に発表される戦死者数は静かに増え続ける。そんな戦争に現実感を抱けずにいた「僕」に、町役場から一通の任命書が届いた…。見えない戦争を描き、第17回小説すばる新人賞を受賞した傑作。文庫版だけの特別書き下ろしサイドストーリーを収録。
ちまたで静かに話題となっている三崎亜記『となり町戦争』は、ちまたで静かに戦争が始まる話である(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆年は2005年)。とある町の役場が、地域の活性化のために公共事業として、隣の町と戦争を起こす。語り手「ぼく」は、町役場から「偵察業務従事者」に任命され、担当の女性、香西さんとともに隣町へ居を移す。だが、「ぼく」の前に戦闘や流血の場面は現れず、平穏な町の風景は変わらない。数字の上では戦死者が増えるのに、最後まで戦争の実感は得られない。

どんな非情な行為が陰では行われているのか、この戦争の実態は何なのか、そういった謎解きを期待すると、肩すかしを食らう。この小説は、戦争の実態を書こうとしたものではなく、戦争に現実感を抱けない私たち自身の、不気味な自画像なのだから。

この小説は、戦争だけでなく人間さえも幻影であるかのように描く。自分の意思で自分の生を生きている人物はいない。誰もが、正体のよくわからない「戦争」なるものに従って受け身に生かされる。公共事業のはずなのに、誰のどんな利益になっているのかも不明だ。

このつかみどころのないぼんやりした空気感は、どこから来るのか? そのヒントの一つが、アメリカの政治学者P・W・シンガーの研究書『戦争請負会社』に書かれている。

この本は、現代の世界で戦争がいかに民営化され、国家の専有物ではなくなっているかを明らかにする。戦闘行為はもちろん、戦場における軍備や物資の輸送補給といった兵站行為、国軍の訓練に至るまで、専門的に引き受ける民間の業者がおり、いまや国家の安全保障は民間企業なしには考えられないという。しかし、軍事を営利企業へ委託することには、責任の拡散という危うい問題がつきまとう。

『となり町戦争』でも、当事者である二つの町は、それぞれ複数のコンサルティング会社と契約し、戦争にまつわる業務全般を委託している。ただでさえ輪郭の不鮮明なお役所的戦争は、営利目的の業者が間に入ることで、誰が戦争の責任を取るのか、いっそう曖昧になる。

ちなみに、戦争民営化が始まったのも、『となり町戦争』が構想されたのも、湾岸戦争のころだそうだ。

戦争請負会社 / P.W. シンガー
戦争請負会社
  • 著者:P.W. シンガー
  • 翻訳:山崎 淳
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(485ページ)
  • 発売日:2004-12-22
  • ISBN-10:4140810106
  • ISBN-13:978-4140810101
内容紹介:
米軍が侵攻した後のイラク国内で、軍事作戦に関わっていた複数の“米国一般人”が殺害された。彼らは軍人か、傭兵か、民間人か――。本書は、米国で国家安全保障問題を研究している著者が、世界で… もっと読む
米軍が侵攻した後のイラク国内で、軍事作戦に関わっていた複数の“米国一般人”が殺害された。彼らは軍人か、傭兵か、民間人か――。本書は、米国で国家安全保障問題を研究している著者が、世界で初めて「民営軍事請負企業」の実態とそのビジネスの全貌を明らかにするもの。米国をはじめ多くの国々は軍事予算を削減し、軍縮を進めている。しかしボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、イラクなどの地域での戦争や紛争は増えているのが現状だ。
そのギャップを埋める私企業が既に多数存在し、食料・燃料輸送などの後方支援、兵士の訓練、実際の戦闘に従事しているという。その市場規模は拡大の一途をたどり、1000億ドルとも言われている。

本書ではまず軍事の民営化に至る歴史的経緯に触れ、もはや戦争や紛争の現場が公の部隊だけで独占し得る状況ではないことを示す。次いで、世界に広がる民営軍事請負企業をサービスの内容から「軍事役務提供企業」「軍事コンサルタント企業」「軍事支援企業」に分類し、それぞれの代表的な会社を例に取って解説する。軍事外注化を適切に管理するには必要条件があるが、ここ10年の米国政府による民営化策は無計画であり、当該企業の法的地位すら不明確だと警鐘を鳴らす。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

となり町戦争 / 三崎 亜記
となり町戦争
  • 著者:三崎 亜記
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(280ページ)
  • 発売日:2006-12-20
  • ISBN-10:408746105X
  • ISBN-13:978-4087461053
内容紹介:
ある日、突然にとなり町との戦争がはじまった。だが、銃声も聞こえず、目に見える流血もなく、人々は平穏な日常を送っていた。それでも、町の広報紙に発表される戦死者数は静かに増え続ける。… もっと読む
ある日、突然にとなり町との戦争がはじまった。だが、銃声も聞こえず、目に見える流血もなく、人々は平穏な日常を送っていた。それでも、町の広報紙に発表される戦死者数は静かに増え続ける。そんな戦争に現実感を抱けずにいた「僕」に、町役場から一通の任命書が届いた…。見えない戦争を描き、第17回小説すばる新人賞を受賞した傑作。文庫版だけの特別書き下ろしサイドストーリーを収録。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

読売新聞

読売新聞 2005年2月16日

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
星野 智幸の書評/解説/選評
ページトップへ