選評
『となり町戦争』(集英社)
小説すばる新人賞(第17回)
受賞作=三崎亜記「となり町戦争」/他の候補作=弘吉青雨「味わう傷」、浅野朱音「オリエンテーリング!」/他の選考委員=阿刀田高、五木寛之、北方謙三、宮部みゆき/主催=集英社/後援=一ツ橋綜合財団/発表=「小説すばる」二〇〇四年十二月号俊英の誕生
今回、非凡な内容で傑出した作品があった。『となり町戦争』(三崎亜記)がそれだが、その前に、ほかの二作について述べておくと、『オリエンテーリング!』(浅野朱音)は、いまの高校生の考え方や言葉遣いを生き生きと写し、いまの家庭のもろさを鋭く刳(えぐ)り出し、知る人の少ない競技の中身を巧みに書いているのに(とくに「走る」場面の描写はみごと)、大事な結末、大切な山場が欠けていた。読者に再三にわたって、やがて山場が来るぞ来るぞと予告しておいて、その山場の寸前で筆を止めたのは、読者との契約を反古にする自殺行為である。そのために長編小説としての構造が崩れて、惜しくも作品は半壊した。筆も立ち、読み味もさわやかなのに、惜しいことをした。『味わう傷』(弘吉青雨)は、不倫する女性が、父の愛人の生んだ可愛らしい異母妹がいることを知り、彼女に近づき、出会い、理解し合い、そしてついに彼女を妹として受け容れるという魅力的なプロットを持っている。文体にもしなやかな勁さがあって作家的力量は十分、この姉妹の日常をしっかりと描くだけで傑作になったはず。ところが作者は、妹のセックス依存症とか父の事故とか、いかにも小説小説した紋切型の出来事を持ち込んで、せっかくの作品を壊してしまった。その一方で、父と自分との二重の不倫の重ね方には曲がない。排除すべきものと強化すべきものとの配分に計算違いがあったようで、これもまたまことに惜しい作品だった。
『となり町戦争』(三崎亜記)は、全体に寓話的かつ牧歌的な仕掛けをほどこして、現代の見えない戦争を巧みに描き切った秀作である。なによりも抑制のよく利いた平明な文章、そしてユーモアを内蔵した文体が出色である。しかも戦争を一種の巨大な公共事業として捉え、さらに戦争はやがて民営化するだろうという風に展開させて行く逞しい想像力にも感心した。とはいっても、この作品のすばらしさは、百万言を費やしてもお伝えすることは不可能……そこで読者の皆様にお願い、どうか現物(げんぶつ)をお読みになって、俊英の誕生を祝ってあげてください。
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