書評
『となり町戦争』(集英社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
ある日、となり町との戦争がはじまるという知らせが町の広報紙で発表される。が、いざ開戦されても町にほとんど何の変化もないことに〈僕〉は唖然とする、普通じゃないといえば、通り魔殺人事件が昨夜起こったことくらい。拍子抜けする〈僕〉だったが、広報紙によればすでに戦死者が十二人出ているらしい。その後〈僕〉が、戦時特別偵察業務従事者に任命され、町役場の総務課職員・香西さんと共に新婚夫婦を装ってとなり町に居を移し――と、物語は一見起承転結の”転”を装って展開していく。しかし、通常のエンタメ作品とは違い、この小説は戦争やスパイといった言葉に伴う波瀾万丈感を巧妙に回避して進んでいくのだ。この戦争がずいぶん前から計画準備されたものだということ。地域活性化を目指しての開戦であること。町役場には戦争を経験した者など一人もいないこと。そうした事情が少しずつ明らかにされていくうちに、読み手は、絶対悪の存在する戦争などもうどこにもないのだということを、じわじわと実感させられるのだ。
さらにまた、もうひとつの大事な仕掛けがある。それは主人公の上司である主任。彼は外国人妻の母国で内戦に加わった経験を持つ。町で起こった通り魔殺人事件に関心を寄せる主任に、目的なく人を殺すのはどんな感覚なのか、と〈僕〉が訊ねるシーンは重要だ。主任は答える。〈簡単なんですよお、考え方を変えるだけでねえ、簡単なんですよお、ホントにねえ〉〈殺すってことはですねえ、相手から奪うことではなくてですねえ、相手に与えることだって、そう考えることですよお、はい〉と。この場面に漂う不穏で不安な空気が、本作の肝だろう。
等身大で、ゆえに得体の知れない不気味さで迫ってくるこの新手の戦争小説を読んでしまうと、もう職業兵士がドンパチやってる純然たるエンタメに戻ることができなくなる。芥川賞戦線をさらに盛り上げてくれそうな才能の誕生を素直に言祝ぎたい。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
エンタメと純文の境界線上にまたひとりの新しい才能が出現
今、芥川賞戦線が面白い。二十一世紀に入って純文学リーグの考える“面白い”の幅が広がりつつあるようなのだ。エンタメとも純文とも判別つき難い滲んだ境界線の上にこそ傑作が生まれると信じている者にとっては、いい時代がやってきたというべきだろう。そして、また一人新しい才能が出現した。『となり町戦争』で小説すばる新人賞を受賞した三崎亜記。「小説すばる」(集英社)はエンタメ系の文芸誌だが、三崎さんの作品に込められている想像力は単なる娯楽の枠を逸脱。純文芸誌に載ってもおかしくない文学性をまとっているのだ。ある日、となり町との戦争がはじまるという知らせが町の広報紙で発表される。が、いざ開戦されても町にほとんど何の変化もないことに〈僕〉は唖然とする、普通じゃないといえば、通り魔殺人事件が昨夜起こったことくらい。拍子抜けする〈僕〉だったが、広報紙によればすでに戦死者が十二人出ているらしい。その後〈僕〉が、戦時特別偵察業務従事者に任命され、町役場の総務課職員・香西さんと共に新婚夫婦を装ってとなり町に居を移し――と、物語は一見起承転結の”転”を装って展開していく。しかし、通常のエンタメ作品とは違い、この小説は戦争やスパイといった言葉に伴う波瀾万丈感を巧妙に回避して進んでいくのだ。この戦争がずいぶん前から計画準備されたものだということ。地域活性化を目指しての開戦であること。町役場には戦争を経験した者など一人もいないこと。そうした事情が少しずつ明らかにされていくうちに、読み手は、絶対悪の存在する戦争などもうどこにもないのだということを、じわじわと実感させられるのだ。
さらにまた、もうひとつの大事な仕掛けがある。それは主人公の上司である主任。彼は外国人妻の母国で内戦に加わった経験を持つ。町で起こった通り魔殺人事件に関心を寄せる主任に、目的なく人を殺すのはどんな感覚なのか、と〈僕〉が訊ねるシーンは重要だ。主任は答える。〈簡単なんですよお、考え方を変えるだけでねえ、簡単なんですよお、ホントにねえ〉〈殺すってことはですねえ、相手から奪うことではなくてですねえ、相手に与えることだって、そう考えることですよお、はい〉と。この場面に漂う不穏で不安な空気が、本作の肝だろう。
等身大で、ゆえに得体の知れない不気味さで迫ってくるこの新手の戦争小説を読んでしまうと、もう職業兵士がドンパチやってる純然たるエンタメに戻ることができなくなる。芥川賞戦線をさらに盛り上げてくれそうな才能の誕生を素直に言祝ぎたい。
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