書評

『蛇衆』(集英社)

  • 2017/08/20
蛇衆  / 矢野 隆
蛇衆
  • 著者:矢野 隆
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(398ページ)
  • 発売日:2011-12-15
  • ISBN-10:4087467775
  • ISBN-13:978-4087467772
内容紹介:
戦国の気運高まる室町末期、自らの力だけを頼りに各地を転戦する傭兵集団がいた。その名は「蛇衆」。頭目の朽縄をはじめ、6人は宗衛門老人の手引きで雇い主を替え、銭を稼いでいた。九州のとあ… もっと読む
戦国の気運高まる室町末期、自らの力だけを頼りに各地を転戦する傭兵集団がいた。その名は「蛇衆」。頭目の朽縄をはじめ、6人は宗衛門老人の手引きで雇い主を替え、銭を稼いでいた。九州のとある地方の領主・鷲尾嶬嶄に雇われ、目覚ましい働きを見せた。だが、鷲尾家は血で血を洗う激しい跡目争いの渦中にあった!比類なき臨場感のノンストップ活劇時代小説。第21回小説すばる新人賞受賞作。

小説すばる新人賞(第21回)

受賞作=千早茜「魚神」(「魚」改題)、矢野隆「蛇衆」(「蛇衆綺談」改題)/他の候補作=ささげあい「モトマチとねこ」/他の選考委員=阿刀田高、五木寛之、北方謙三、宮部みゆき/主催=集英社/後援=一ツ橋綜合財団/発表=「小説すばる」二〇〇八年十二月号

二作の美点

『モトマチとねこ』(ささげあい)は、すなおな文体で、ほどよく語られた自己回復小説だが、しかしいつかどこかで読んだような既視感があった。語り手の「私」は、駆け落ちの果てに心中した母親に、自分の気持を伝えようとしなかったという精神的な傷をもち、「私」の彼もまた、車の事故で両親を死なせ、才能あるピアニストの妹に重傷を負わせたのではないかという心の傷をもつ。二人はモトマチという商店街にともに住み、街の人たちのゆったりした気分に包まれながら、料理をつくりそれを食べることを通して、心の傷を癒して行く……。これはかなり古い道具立てではないだろうか。たとえば、食べることについてうんと思索を深めるとか、商店街の魅力についてもっと語るとか、ほどのよさを壊す覚悟で徹底して書いていたら、あるいは新味が出たかもしれない。

評者が強く推したのは、『蛇衆綺談』(矢野隆)である。改行の多い文体に辟易させられたが、じつはこの文体は戦闘の動きを写し取るために用意されたものだった。そのためにすばらしい速度感も生まれた。近ごろの小説に流行の自閉的な傾向にも陥らずに、作品世界が完全に読者に向かって開かれているところにも感心したし、ギリシャ悲劇やシェイクスピア悲劇を溶かし込んだような筋立てもどっしりとしていて、これは作者の美点である。そして、さまざまな生い立ちの戦闘請負人たちが金を目当てに戦ううちに、掛け替えのない仲間になり、ついには仲間のために戦って死んで行くという筋立てはありふれているように見えるが、しかしどっしりとした土台と速度感のある文体のおかげで独特の作風が生み出された。

『魚』(千早茜)には、辛い点をつけていた。たしかに逞しい作家的膂力(りょりょく)と馬力がある。登場人物たちを(やや戯画化しながらではあるが)くっきりと造型してもいる。けれども力が入りすぎたのか、物語の山場になるとそのたびに文章が擬態語満載の観念的な美文になるのが気になった。つまり万事厚塗(あつぬり)の印象。なによりも、作者は自分の作った物語の中に逆に閉じこめられてうろうろしていて、作品が読者に向かって開かれていない。つまり作中でなにが起ころうと読者は驚かないのではないか。それで辛い点になったが、選考委員会の白熱の議論に揉まれているうちに、厚塗りはこの作者の美点、これをよい方に受け止めようと考えをかえ、最後は二作受賞に賛成した。

魚神  / 千早 茜
魚神
  • 著者:千早 茜
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(257ページ)
  • 発売日:2012-01-20
  • ISBN-10:4087467864
  • ISBN-13:978-4087467864
内容紹介:
かつて一大遊郭が栄えた、閉ざされた島。独自の文化が息づく島で、美貌の姉弟・白亜とスケキヨは互いのみを拠りどころに生きてきた。しかし年頃になったふたりは離れ離れに売られてしまう。月… もっと読む
かつて一大遊郭が栄えた、閉ざされた島。独自の文化が息づく島で、美貌の姉弟・白亜とスケキヨは互いのみを拠りどころに生きてきた。しかし年頃になったふたりは離れ離れに売られてしまう。月日が流れ、島随一の遊女となった白亜は、スケキヨの気配を感じながらも再会を果たせずにいた。強く惹きあうがゆえに拒絶を恐れて近づけない姉弟。互いを求めるふたりの運命が島の雷魚伝説と交錯し…。第21回小説すばる新人賞、第37回泉鏡花文学賞受賞作。

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【この書評が収録されている書籍】
井上ひさし全選評 / 井上 ひさし
井上ひさし全選評
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(821ページ)
  • 発売日:2010-02-01
  • ISBN-10:4560080380
  • ISBN-13:978-4560080382
内容紹介:
2009年までの36年間、延べ370余にわたる選考会に出席。白熱の全選評が浮き彫りにする、文学・演劇の新たな成果。

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蛇衆  / 矢野 隆
蛇衆
  • 著者:矢野 隆
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(398ページ)
  • 発売日:2011-12-15
  • ISBN-10:4087467775
  • ISBN-13:978-4087467772
内容紹介:
戦国の気運高まる室町末期、自らの力だけを頼りに各地を転戦する傭兵集団がいた。その名は「蛇衆」。頭目の朽縄をはじめ、6人は宗衛門老人の手引きで雇い主を替え、銭を稼いでいた。九州のとあ… もっと読む
戦国の気運高まる室町末期、自らの力だけを頼りに各地を転戦する傭兵集団がいた。その名は「蛇衆」。頭目の朽縄をはじめ、6人は宗衛門老人の手引きで雇い主を替え、銭を稼いでいた。九州のとある地方の領主・鷲尾嶬嶄に雇われ、目覚ましい働きを見せた。だが、鷲尾家は血で血を洗う激しい跡目争いの渦中にあった!比類なき臨場感のノンストップ活劇時代小説。第21回小説すばる新人賞受賞作。

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初出メディア

小説すばる

小説すばる 2008年12月

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