選評

『笑う招き猫』(集英社)

  • 2020/04/09
笑う招き猫 / 山本 幸久
笑う招き猫
  • 著者:山本 幸久
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(296ページ)
  • 発売日:2006-01-20
  • ISBN-10:4087460061
  • ISBN-13:978-4087460063
内容紹介:
男と並んで愛誓うより、女と並んで笑いを取る、それが二人のしあわせなのだ!駆け出しの漫才コンビ、『アカコとヒトミ』。超貧乏で彼氏なし、初ライブは全く受けずに大失敗。おまけにセクハラ野郎の先輩芸人を殴り倒して大目玉。今はぜんぜんさえないけれど、いつかはきっと大舞台。体に浴びます大爆笑-。夢と笑いとパワーあふれる傑作青春小説。第16回小説すばる新人賞受賞作。

小説すばる新人賞(第16回)

受賞作=山本幸久「笑う招き猫」(「アカコとヒトミと」改題)/他の候補作=須郷哲「プラチナガーデン」、藪淳一「虹のかかる街」/他の選考委員=阿刀田高、五木寛之、北方謙三、宮部みゆき/主催=集英社/後援=一ツ橋綜合財団/発表=「小説すばる」二〇〇三年十二月号

「世田谷線はね」には勝てなかった

『虹のかかる街』(藪淳一)は、六つの短篇を列ねているが、作者はこの六篇を串刺しにする趣向を用意した。それは、赤、黄、緑など、一篇ずつ「色」を主題にすること、そして各篇にそれぞれ色のついたモノ(赤い手袋、黄色いれもんパイ、緑の野球帽など)を配し、それを通して、人生の時間の流れを物語のかたちで切り取ること、この二つ。すばらしい趣向である。とりわけ、「れもんパイ(黄)」は、冒頭にいきなりレシピを掲げて読者の心を掴む。そして幻のれもんパイを求めて、時の流れを探る女主人公の行動もおもしろく、すべて間断のない展開で、これは傑作の名に値する。しかし、あとの五篇は、人と人の出会い方が安易だったり、あまりにも調子がよすぎたり、どうもうまく行っていない。それに題名に「虹」と打った以上は、七篇は揃えたい。「れもんパイ」のような佳篇を、もう三つくらい読ませてください。

『プラチナガーデン』(須郷哲)は、それとなく、そして、さりげなく、近未来小説を書いているところが出色である。おや、おや、おやと、読者に違和感を与えながら、やがて、「そうか、これは団塊世代が老人介護施設に収容される時代、いまより十年先の物語なんだな」と気づかせる手順に、才能がある。また、物語の主人公で、沼のほとりで自死を試みる少女がいるが、彼女とおじいさん人形との対話にも魅力がある。おじいさん人形はこんなことをいうのだ。

「無意味の奥の奥を、ずーっと、目を皿のようにして見続けるんだ。苦しさも甘さもとことんかみしめて、味わうんだ。……そこから一時も目をそらすんじゃない。それを忘れたときに、すべてはアタリマエに成り下がる」

自死と正面から取り組んでいるからこそ出てくる台詞で、破綻は多いものの、この凝視力は高く買いたい。

最高点を得た『笑う招き猫』(山本幸久)は、類型人物たちによる類型的な成長物語である。しかし、作者が偉かったのは、最初から最後まで類型を徹底したことである。類型を貫いた末に顕れたのは奇跡、まったく新しい人間たちだった。なによりも、展開と対話にリズムがある。作者の乗りが読む側の快感になるという幸せ、それがここに成就している。そして、挿入歌が、みんな傑作だ。わたしは初め、『プラチナガーデン』を推していたが、やはり、「世田谷線はね、ほんとは新幹線になりたいの」というバカバカしいほどの傑作歌には勝てなかった。この歌を読まないと、それは一生の損になる。

【この選評が収録されている書籍】
井上ひさし全選評 / 井上 ひさし
井上ひさし全選評
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(821ページ)
  • 発売日:2010-02-01
  • ISBN-10:4560080380
  • ISBN-13:978-4560080382
内容紹介:
2009年までの36年間、延べ370余にわたる選考会に出席。白熱の全選評が浮き彫りにする、文学・演劇の新たな成果。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

笑う招き猫 / 山本 幸久
笑う招き猫
  • 著者:山本 幸久
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(296ページ)
  • 発売日:2006-01-20
  • ISBN-10:4087460061
  • ISBN-13:978-4087460063
内容紹介:
男と並んで愛誓うより、女と並んで笑いを取る、それが二人のしあわせなのだ!駆け出しの漫才コンビ、『アカコとヒトミ』。超貧乏で彼氏なし、初ライブは全く受けずに大失敗。おまけにセクハラ野郎の先輩芸人を殴り倒して大目玉。今はぜんぜんさえないけれど、いつかはきっと大舞台。体に浴びます大爆笑-。夢と笑いとパワーあふれる傑作青春小説。第16回小説すばる新人賞受賞作。

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小説すばる 2003年12月号

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