選評

『でかい月だな』(集英社)

  • 2017/10/30
でかい月だな  / 水森 サトリ
でかい月だな
  • 著者:水森 サトリ
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(326ページ)
  • 発売日:2010-01-20
  • ISBN-10:4087465276
  • ISBN-13:978-4087465273

小説すばる新人賞(第19回)

受賞作=水森サトリ「でかい月だな」/他の候補作=田中順子「四十九日のレシピ」、三村真喜子「空がこんなに青いとは」/他の選考委員=阿刀田高、五木寛之、北方謙三、宮部みゆき/主催=集英社/後援=一ツ橋綜合財団/発表=「小説すばる」二〇〇六年十二月号

大きな構え

三村真喜子氏の『空がこんなに青いとは』は、両親の離婚といじめで、生きる意味をほとんど失いかけていた少女が、〈自分が自分のままでいていい場所〉を再発見するまでを描いている。移り住むことになったのは海辺の街、転校先の教室で隣り合う鷹揚で物分かりのいい少年、同級の女の子たちによるいじめ、そこからの逃亡、ふと逃げ込んだ古い家にたむろする美大生たち、再生の象徴となる古いピアノ……小説的な道具立てを揃えたところに作者の苦心があらわれているが、少女をいじめ地獄から救い出す隣席の少年の出動が遅すぎたようである。「救出隊の遅延」は物語の大切な要素だが、あんまり遅すぎると「話を長引かせるための作者の都合」と受け取られて、読み手を冷えさせてしまう。さらに言えば、全編を通して小説的道具を順序正しく並べすぎたのではないか。思い切ってまぜこぜにしたら、物語の熱気も生まれたはずだが。

田中順子氏の『四十九日のレシピ』は、企みに富んでいるし、「血の繋がりがなくても、人は心と命を繋ぐことができるのか」という主題も切実だ。妻に先立たれた初老の男―彼は亡妻のことを「平凡な女だ」と思い込んでいたが、じつはそうではなかったことが、妻の書き遺したレシピから、そしてそのレシピを実現しようとするお手伝いの娘の行動から、次第に明らかにされて行く。「死者が生者を動かす」という仕掛けが魅力的である。前を流れる川にも意味がある。妻はその川へ去り、その川からお手伝いの娘に生まれ変わって男を助けにきた……という寓意を含んでいるからである。しかし(と言わなければならないのは残念だが)、男の娘である百合子―主題を担う重要人物―彼女にまつわる物語が常に型通りに進行するのは平板。加えて視点(語り手)が無規則にむやみに交替するのは考えもの、読み手が難儀するだけだから。

水森サトリ氏の『でかい月だな』は、登場人物たちの造形がまことに逞しく、鮮やかだ。とくに主人公の少年が失意のうちに出会う二人の友人―科学オタク少年と、いつも左目に眼帯をしている強気な少女がおもしろい。これまでの紋切型〈強い少年とやさしい少女〉を〈やさしい少年と強い少女〉に組み替えたところに現代性が刻印されている。物語の底をたえず「やつらの襲来」という全地球的な危機が流れていて、読者に快く緊張を与えてくれているが、この「やつら」とは、全人間を意味なくやさしく、協調的に、平べったくしてしまう「なにか」である。この作品の真価は、近景の日常的な事件と遠景の全世界的な事件とを通して、登場人物たちが〈ほんとうの意味で強く、やさしくなって行く〉過程を描いたところにある。つまり始めに提示した〈やさしい少年と強い少女〉という主題を、作者はさらに乗り越えて、真の強さとやさしさを抽出することに成功している。大きな構えを持った作品である。

『四十九日のレシピ』と『でかい月だな』の二作受賞……そう考えて選考会に臨んだが、席上で、やはり『でかい月だな』の大きさを買うべきだと考えを改めた。

【この選評が収録されている書籍】
井上ひさし全選評 / 井上 ひさし
井上ひさし全選評
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(821ページ)
  • 発売日:2010-02-01
  • ISBN-10:4560080380
  • ISBN-13:978-4560080382
内容紹介:
2009年までの36年間、延べ370余にわたる選考会に出席。白熱の全選評が浮き彫りにする、文学・演劇の新たな成果。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

でかい月だな  / 水森 サトリ
でかい月だな
  • 著者:水森 サトリ
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(326ページ)
  • 発売日:2010-01-20
  • ISBN-10:4087465276
  • ISBN-13:978-4087465273

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初出メディア

小説すばる

小説すばる 2006年12月

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