選評

桃山ビート・トライブ (集英社)

  • 2017/10/03
桃山ビート・トライブ (集英社文庫) / 天野 純希
桃山ビート・トライブ (集英社文庫)
  • 著者:天野 純希
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2010-09-17
  • ISBN:4087466140

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

小説すばる新人賞(第20回)

受賞作=天野純希「桃山ビート・トライブ」/他の候補作=矢野隆「臥龍の鈴音」、倭史「灰に残舌」/他の選考委員=阿刀田高、五木寛之、北方謙三、宮部みゆき/主催=集英社/後援=一ツ橋綜合財団/発表=「小説すばる」二〇〇七年十二月号

すばらしい豊作

新しい書き手は、新鮮な文学的土産をぶら下げて登場するのが望ましいというのは丸谷才一さんの名言。さらに作品にいかにも新人らしい劇(はげ)しい気合いが籠められていたらもっといい。じつは今回の候補作はそれぞれ右の二つがきちんと備わっていた。すばらしい豊作である。……もっとも、気合いが入りすぎたのか、三作とも文章がごつごつとして粗く、そして漢字を氾濫させすぎているところが、少し残念だったけれども。

鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)(344―413、また一説には350―409)は、印度の宰相の血を引く身ながら九歳で出家、やがて「妙法蓮華経」「阿弥陀経」など経典三十五部二百九十四巻の中国語訳を果たしたひと。多くの中国仏教は羅什の翻訳をもとに始まったといってよいが、倭史(やまとふみ)氏の『灰に残舌』は、この仏教哲学の祖を主人公に据えている。羅什に目をつけたところが凄いが、さらにこの仏教哲学の開祖の奮闘に絡ませて、自然保護と動物愛護をもう一つの隠れた主題にしたところは大した力業(ちからわざ)で、その気合いだけでも絶賛に値いする。

また、矢野隆氏の『臥龍の鈴音(りんね)』は、戦国末期の、越前の小国を舞台に、七人の浪人者が赤い鈴を巡って剣技と知恵を競い合うという機知に富んだ仕掛けがすばらしい。

そして、天野純希(すみき)氏の『桃山ビート・トライブ』は、若い河原芸人たち(三味線弾き、笛役者、太鼓打ち、舞い手など)が、新しい音と踊りを探し求めて愉快に、痛快に彷徨(さまよ)う姿を、よく回転のかかった文章で描いていることに感心した。

「いっそ三作に入選してもらったら……」という気も起きかけたが、それでは選者の任は果たせない。そこで仔細に読み直すと、ここからは辛い粗探しになるが、『灰に残舌』は、「神通力」「結界」「空中飛行」「法力」「読経」など奇手奇策が釣瓶打ちに登場して、それはそれでおもしろいが、この情熱を多少は羅什という希有な人物の内面を書くことにも割(さ)いてほしかった。

『臥龍の鈴音』についていえば、舞台となる小国、片桐家の御城下に「ひとびと」の気配がないのが気になる。職人がいて商人がいて百姓がいて子どもがいて、その中で鈴の取り合いをしたらもっとずっとおもしろくなったはずだ。もう一つ、戦う場面を擬音語で描くのは、やや無策である。きちんと文章で描く方がずっといい。

ところで、『桃山ビート・トライブ』には、たしかに切れば血の出る人間がいて、ドライブのかかった生き生きした展開があった。この二点でわずかに優ったと考える。しかしながら僅差だった。倭さんも矢野さんも、あまり気落ちせず、さらに励んでいただきたい。

【この選評が収録されている書籍】
井上ひさし全選評 / 井上 ひさし
井上ひさし全選評
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(821ページ)
  • ISBN:4560080380

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桃山ビート・トライブ (集英社文庫) / 天野 純希
桃山ビート・トライブ (集英社文庫)
  • 著者:天野 純希
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2010-09-17
  • ISBN:4087466140

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初出メディア

小説すばる

小説すばる 2007年12月

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