書評

『ダメな女』(光文社)

  • 2017/09/24
ダメな女 / 村上 龍
ダメな女
  • 著者:村上 龍
  • 出版社:光文社
  • 装丁:文庫(221ページ)
  • 発売日:2004-05-13
  • ISBN-10:4334736807
  • ISBN-13:978-4334736804
内容紹介:
「わたしはダメな女かも知れない…」そう悩むあなたのためのエッセイ集。
ある挿話から始めよう。著者の村上龍はたまたま立ち寄った熊本のキャバレーで、古代の爬虫類トリケラトプスそっくりの容貌をしたホステスが、頭の天辺から爪先までシャネルで決めこんで現れるという光景に出くわしてしまう。彼女は客の村上にむかって、自分はシャネルを買いたいためにホステスをしていると説明し、村上はそんなくだらないことはやめろと意見する。所詮、シャネルにせよ、エルメスにせよ、日本の風景に似合うわけではないのだから、そんな金があるのなら英会話でも勉強したらどうなんだというのが、彼の考えである。対話は気まずく終り、村上は彼女のことを本書の主題である「ダメな女」の典型として提出する。

わたしの女友だちは、このトリケラトプスのくだりまで来たところで、それまで我慢してきた怒りを爆発させた。いったい女を馬鹿にするにも程があるわよ!自分の身のまわりにはこんな「ダメな女」などいないし、そもそもこんな女にしか出会えず腹を立ててばかりいる村上龍だけが、途方もなく不幸な存在だというだけじゃないの!

わたしのもう一人の女友だち(わたしには女友だちが多いのである)の反応は、もう少し穏健なものだったが、やはり本書に対する違和感を隠そうとしなかった。読み終わって、自分がここで語られている「ダメな女」の部類に入るのかどうか、不安になった、だが「ダメな女」であるのと「ダメな人間」であるのとは、どこが違うのだろうか。自分としては、女としてダメであるよりも、人間としてダメであると指摘されることの方がいっそう身に応えるのだがと、彼女は語った。

「ダメな女」とは何だろうか。たとえば有名人がソープランドで自分と何をしたかを週刊誌に告白する女は「汚い女」ではあっても、「ダメな女」ではない。保険金詐欺を実行するためにカレーに毒を混ぜる女は「恐ろしい女」であって、これも「ダメな女」ではない。「ダメな女」とは、経済的にも心理的にも自立せず、自己決定と自己点検の習慣をもたない女のことである。彼女たちは友情というものが努力してこそ得られる緊張感に満ちたものであることを知らず、怠惰なままにいられる仲よしの輪の内側に留まっているばかりで、山一證券が倒産したからといって婚約を破棄してしまった十数人の女がその典型である。「ダメな女」には本当の恋愛などできるわけがないし、自分の力で一度しかない人生を切り開いていくこともできない。

わたしは作者の怒りがよく理解できるような気がした。わたしもまた周囲にこの手の女性を大量に見てきたからである、では男の方はどうなのか。村上は、女以上に男に手厳しい。ある年齢以上の男の大半は「ダメな男」であって自然消滅を待つしかなく、まともな女ならその手の男にはけっして関わってはならないという。そう、「すべての男は消耗品である」とは、彼の以前の書物の題名であった。だが、とわたしは疑問に思った。「ダメな女」だって昔からいたし、未来永劫にわたって存在し続けるだろう。彼女たちはこの書物を手にとることもないだろうし、ことさら怒ってみても仕方がないのではないかと。わたしには作者の顔がまだ若かった頃の森田健作、あの「青春とは何だ」と問いかけていたアナクロニズムの俳優に似ているようにさえ感じられた。

作者の真の意図がわかるようになったのは、読後しばらく経ってのことである。彼はローリングストーンズの真似をしていたのだ。「あの女は単純そうに見えて中身はグジャグジャだ」とか「昨日の新聞紙みたいだ」とか、機会あるたびに曲のなかで「ストゥーピッドガール」を罵倒していた60年代のミック・ジャガーに。永遠に黒人ブルースの模倣をやめないストーンズと、ただちに翻訳小説に飛び付いてきた村上龍とは、どこかしら似ている。どれほど批判されてもそれが彼の作家としての倫理のあり方であって、わたしはその文脈のなかでこの書物を擁護できるような気がしてきた。村上龍にいつまでも悪役を演じてほしいという点で、わたしは人後に落ちない。

【この書評が収録されている書籍】
人間を守る読書  / 四方田 犬彦
人間を守る読書
  • 著者:四方田 犬彦
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(321ページ)
  • 発売日:2007-09-00
  • ISBN-10:4166605925
  • ISBN-13:978-4166605927
内容紹介:
古典からサブカルチャーまで、今日の日本人にとってヴィヴィッドであるべき書物約155冊を紹介。「決して情報に還元されることのない思考」のすばらしさを読者に提案する。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ダメな女 / 村上 龍
ダメな女
  • 著者:村上 龍
  • 出版社:光文社
  • 装丁:文庫(221ページ)
  • 発売日:2004-05-13
  • ISBN-10:4334736807
  • ISBN-13:978-4334736804
内容紹介:
「わたしはダメな女かも知れない…」そう悩むあなたのためのエッセイ集。

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初出メディア

中央公論

中央公論 2001年12月

雑誌『中央公論』は、日本で最も歴史のある雑誌です。創刊は1887年(明治20年)。『中央公論』の前身『反省会雑誌』を京都西本願寺普通教校で創刊したのが始まりです。以来、総合誌としてあらゆる分野にわたり優れた記事を提供し、その時代におけるオピニオン・ジャーナリズムを形成する主導的役割を果たしてきました。

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