書評
『自省録』(岩波書店)
マルクス・アウレリウスという人がいた。西暦2世紀にローマで生まれ、時の皇帝であるハドリアヌスに、少年時代からその利発さを褒められたという人物である。この人、およそ宮廷の権謀術策になど関心をもたず、いつも一人で哲学書を紐解き、静かに瞑想に耽っているといった風であった。17歳のときにハドリアヌス帝が没すると、新しく立った皇帝はこの少年を後継者に指名した。やがて彼は皇帝の娘と結婚し、40歳で次の皇帝の座に就いた。権力の座にあることはもとより望んだことではなかったが、これも俗世に生きるものの義務だと思い直して、彼は引き受けることにした。
マルクスが生きた時代とは、端的にいって乱世であった。ときあたかも北方のゲルマン人が帝国領内に大量に侵入し、伝染病と謀反とがひっきりなしに人々を無秩序に陥れる。マルクスは持ち前の義務感から困難な政務の一つひとつを的確に処理し、長い戦役にしばしば出かけなければならなかった。留守中に皇后は不倫を重ね、皇帝を悩ませたともいうが、定かではない。彼は万人に慕われた賢帝であったが、惜しむらくは58歳で病没した。『自省録』は、その彼がおりおりに書き付けていたメモを纏めあげたものである。皇帝はもとより人に見せたり、公にすることなど念中になかった。それはただひたすら自分の心を慰め、落ち着かせるためだけに執筆されたものである。
わたしは大学で宗教学を勉強しているとき、なにかの偶然からこの書物にめぐりあった。それ以来、なにか心に悩みごとがあるたびに、深夜ともなるとこの『自省録』に向かう習慣ができた。しばらく前のことであるが、フランスの歴史家にして哲学者のミッシェル・フーコーがエイズで死の病床にあったときにも、最後まで読んでいたのがこの書物であったという。おそらくわたしも死を前にして心が弱くなったときには、ふたたびマルクスに戻り、勇気を与えられることだろう。
彼はどんなことを語っているのだろうか。
たとえばあなたがもし人から侮辱されたり、損傷を加えられたりしたとする。当然のことながら、怒りが襲いかかり、復讐の気持ちが生じる。だが、少し落ち着いて考えてみようではないかと、マルクスは提言する。いったい今回の事件であなたは人格的に堕落したことがあっただろうか。もしあったとすれば、それこそが真の損傷である。だが、たとえいかに相手から手酷い侮辱を受けようとも、それが原因となってこちらが人格低劣な人間にならなかったとしたら、その侮辱はいかなる損傷になったことにもならず、したがってあなたには何の痕跡も残っていないことになる。要は放っておけばすむことなのである。もしあなたが相手に対し同じ低劣な次元において復讐を行なったとすれば、そのときこそあなたの魂は本当に損傷を受けたことになるのだ。
どうです、この態度。真の帝王学とはこれだと、わたしは思う。わたしは帝王には縁もゆかりもない平民であるが、せめて日常の心構えだけは、かくありたいと思う。
マルクスは別のところで、たとえ死が身近に迫っていても、けっして慌てふためかず、いつもと同じ生活を送ることがいいと記している。それは逆にいうと、毎日を、これでお前は死んでしまっても後悔はないなといいきかせながら生きていくことでもある。
もっともこの清廉潔白にして知性に満ちたマルクスだけでは、わたしは1970年代の青春を乗り切ることはできなかった。時代は暴力と狂気に満ちていて、皇帝の高貴な哲学では理解のできない問題が山積みだったからである。わたしはさらに別のマルクスを必要とした。1930年代のハリウッドで活躍した喜劇役者の3人組、マルクス兄弟のことである。巧みな詭弁を弄する空威張りのグラウチョ、抜け目ないチコ、モノがいえない代わりに獰猛に暴れまくるハーポ。いつか機会を見て、彼らのハチャメチャなギャグがいかにわたしに影響を与えたかについて、書いておきたい。
【この書評が収録されている書籍】
マルクスが生きた時代とは、端的にいって乱世であった。ときあたかも北方のゲルマン人が帝国領内に大量に侵入し、伝染病と謀反とがひっきりなしに人々を無秩序に陥れる。マルクスは持ち前の義務感から困難な政務の一つひとつを的確に処理し、長い戦役にしばしば出かけなければならなかった。留守中に皇后は不倫を重ね、皇帝を悩ませたともいうが、定かではない。彼は万人に慕われた賢帝であったが、惜しむらくは58歳で病没した。『自省録』は、その彼がおりおりに書き付けていたメモを纏めあげたものである。皇帝はもとより人に見せたり、公にすることなど念中になかった。それはただひたすら自分の心を慰め、落ち着かせるためだけに執筆されたものである。
わたしは大学で宗教学を勉強しているとき、なにかの偶然からこの書物にめぐりあった。それ以来、なにか心に悩みごとがあるたびに、深夜ともなるとこの『自省録』に向かう習慣ができた。しばらく前のことであるが、フランスの歴史家にして哲学者のミッシェル・フーコーがエイズで死の病床にあったときにも、最後まで読んでいたのがこの書物であったという。おそらくわたしも死を前にして心が弱くなったときには、ふたたびマルクスに戻り、勇気を与えられることだろう。
彼はどんなことを語っているのだろうか。
たとえばあなたがもし人から侮辱されたり、損傷を加えられたりしたとする。当然のことながら、怒りが襲いかかり、復讐の気持ちが生じる。だが、少し落ち着いて考えてみようではないかと、マルクスは提言する。いったい今回の事件であなたは人格的に堕落したことがあっただろうか。もしあったとすれば、それこそが真の損傷である。だが、たとえいかに相手から手酷い侮辱を受けようとも、それが原因となってこちらが人格低劣な人間にならなかったとしたら、その侮辱はいかなる損傷になったことにもならず、したがってあなたには何の痕跡も残っていないことになる。要は放っておけばすむことなのである。もしあなたが相手に対し同じ低劣な次元において復讐を行なったとすれば、そのときこそあなたの魂は本当に損傷を受けたことになるのだ。
どうです、この態度。真の帝王学とはこれだと、わたしは思う。わたしは帝王には縁もゆかりもない平民であるが、せめて日常の心構えだけは、かくありたいと思う。
マルクスは別のところで、たとえ死が身近に迫っていても、けっして慌てふためかず、いつもと同じ生活を送ることがいいと記している。それは逆にいうと、毎日を、これでお前は死んでしまっても後悔はないなといいきかせながら生きていくことでもある。
もっともこの清廉潔白にして知性に満ちたマルクスだけでは、わたしは1970年代の青春を乗り切ることはできなかった。時代は暴力と狂気に満ちていて、皇帝の高貴な哲学では理解のできない問題が山積みだったからである。わたしはさらに別のマルクスを必要とした。1930年代のハリウッドで活躍した喜劇役者の3人組、マルクス兄弟のことである。巧みな詭弁を弄する空威張りのグラウチョ、抜け目ないチコ、モノがいえない代わりに獰猛に暴れまくるハーポ。いつか機会を見て、彼らのハチャメチャなギャグがいかにわたしに影響を与えたかについて、書いておきたい。
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