書評

『鹿の王』(KADOKAWA)

  • 2018/01/22
鹿の王 1 (角川文庫) / 上橋 菜穂子
鹿の王 1 (角川文庫)
  • 著者:上橋 菜穂子
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:文庫(304ページ)
  • 発売日:2017-06-17
  • ISBN:4041054893

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命つなぐ役割見出す生物たち

ファンタジーというと子供向けを想像されるかもしれない。本作『鹿の王』は違う。領土争いにまつわる政治的策略、国のあり方、支配者とは、などの問いを次々と投げかけながら、ぐんぐんとストーリーは進んでいくエンターテインメント作品。

物語は二人の男を中心に展開する。帝国にのまれていく故郷を守るため戦っていた戦士のヴァンは、奴隷に落とされ岩塩鉱に囚(とら)われていた。ある日乱入してきた奇妙な犬たちがもたらした謎の病のせいで、奴隷達(たち)は亡くなってしまう。生き残ったヴァンは、同じく生き残った幼女を連れて脱出する。

一方の主人公ホッサルは帝国の医術師。奇(く)しくも岩塩鉱と同じ病に直面し、治療法を探そうとしていた。

謎の病をめぐって国と国、国と人、人と人、獣と人が交叉(こうさ)する。病の原因には様々な説が唱えられるが、中でもホッサルの言葉が印象的だ。

同じ病に罹(かか)る人もいれば罹らぬ人もいる。罹ってすぐに死ぬ人もいれば、生き延びてしまう人もいる。そこに、病というものの大切な本質のひとつが潜んでいると、私は思っているのです

病を得て生き延びたヴァンの体はやがて変化し、体ごと病に乗っ取られていく予感を覚え、激しく抵抗していた。

国も同じかもしれない。自らの国(体)の一部となった異端者(病)に疑心暗鬼だ。他の国を侵すことで巨大化し、経済、防衛、人の暮らしは変わってきたが、病の元の「病素」は、国の中でいつ反乱を起こすかわからない。国の統治とは、砂の城のようにたいへん脆(もろ)いものなのだろう。

あまりに大きな物語ゆえに、とらえどころが難しいが、これこそが本作の特徴ともいえよう。ひとつの核といえるのは「父と子」の関係性。ヴァンと拾い子のユナ、高名な医術師である祖父リムエッルとホッサル、領主とその息子……血縁に限らず何かを伝え残そうとする関係を「父と子」と呼ぶなら、この物語の中には多くの父子があらわれる。子に信念を託す父。自分のやり方を模索していく子。驚くのは「病素」もまた意思を持った人のように感じるところ。狼(おおかみ)や山犬の体を通じて、その力をさらに広めていこうとするのだから。

国(体)という大きな矛盾を孕(はら)んだ舞台で、強者に取り込まれ、虐げられても自らの役割を見出(みいだ)していく生物本来の姿――つまり誰もが命をつないでいる存在、と強烈に訴えかけてくる。
鹿の王 1 (角川文庫) / 上橋 菜穂子
鹿の王 1 (角川文庫)
  • 著者:上橋 菜穂子
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:文庫(304ページ)
  • 発売日:2017-06-17
  • ISBN:4041054893

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2014年10月12日

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