書評

『もう二度と食べたくないあまいもの』(祥伝社)

  • 2017/10/08
もう二度と食べたくないあまいもの / 井上 荒野
もう二度と食べたくないあまいもの
  • 著者:井上 荒野
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:文庫(256ページ)
  • 発売日:2013-04-12
  • ISBN:4396338317
内容紹介:
自宅で料理教室を開いている亜希子のもとに、ある日、不動産屋が訪ねてきた。近所の家にまつわる悪い噂について知りたいという。亜希子は結婚していた頃、かつてそこに建っていた古い家の男と、いちどだけ関係を持ったことを思い出していた(「幽霊」より)。男と女の関係は静かにかたちを変えていく。人を愛することの切なさとその愛情の儚さを描いた傑作小説集。

花火のように散る恋

心にさらりとはいってくる十の短編が収められている。読みながら昔の写真を眺める気分になった。集合写真の中に自分の姿をすぐ見つけ出せるように、本書の中に自分の面影を見てしまう。

「手紙」は大学生の千穂の恋物語。恋人宅で、昔の彼女からの手紙を見つけた千穂。それから間もなく、彼から別れを告げられる。食事のあとホテルへ行き、帰りのタクシー代まで用意された別れの儀式。千穂はその儀式に静粛に臨む。手紙を見つけた時から、もう別れは始まっていたのだ。いつ終わるか、もう終わらせよう、とする恋はもはや形骸化している。だけど人は、その恋が終わるまで、生を吹き込むことをやめられない。

「朗読会」はかつてのように夫を愛せなくなった美紗が主人公。いつも朗読会を口実に愛人と会う。夫は愛人の存在を感じながら送り出していると知っている美紗。夫も愛人もいるのに、どちらとも愛し合っていない。愛人との約束を破り、朗読会へ参加した後、夫のいる家に帰る美紗。でも自分はどこへ帰ろうとしているのか、と惑う。

淡々とした筆致に浮かび上がるのは表向き穏やかで平和に見えながら、中に渦巻くのは絶望に似た感情。愛し愛されることなしに日常を生きていく過酷さが染みてくる。

しかし愛されたいと思う自分が、真に誰かを愛することが出来るのかはわからない。いつかは燃え尽きる花火のように、恋愛感情が火花を散らすのはほんの一時期だと主人公たちは知っている。

あんなに好きだった人を、これ以上ないくらいに嫌いになる。自分でも知らぬうちに変わってしまう心は、本当に自分の心なのだろうか。読書中、そんなどうしようもない自分を突きつけられた。

恋は手に入れた途端、ただの石になってしまう。それでも手放すには惜しい宝石なのだろう。

二度と食べたくないけど、あの恋が最後では寂しすぎる。大人にこそわかる「あまい」小説。決して味に飽きることのない、理想的なごちそうだ。

【この書評が収録されている書籍】
ホンのひととき 終わらない読書 / 中江 有里
ホンのひととき 終わらない読書
  • 著者:中江 有里
  • 出版社:毎日新聞社
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2014-05-30
  • ISBN:4620322504
内容紹介:
偏読、雑読、併読、積ん読-楽しみ方いろいろあります。年間300冊の本を読み、読書家で知られる女優の初エッセイ。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

もう二度と食べたくないあまいもの / 井上 荒野
もう二度と食べたくないあまいもの
  • 著者:井上 荒野
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:文庫(256ページ)
  • 発売日:2013-04-12
  • ISBN:4396338317
内容紹介:
自宅で料理教室を開いている亜希子のもとに、ある日、不動産屋が訪ねてきた。近所の家にまつわる悪い噂について知りたいという。亜希子は結婚していた頃、かつてそこに建っていた古い家の男と、いちどだけ関係を持ったことを思い出していた(「幽霊」より)。男と女の関係は静かにかたちを変えていく。人を愛することの切なさとその愛情の儚さを描いた傑作小説集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

共同通信社

共同通信社 2010年6月3日

関連記事
中江 有里の書評/解説/選評
ページトップへ