男がぐらりと揺れる瞬間
藤沢さんの描く主人公は、デビューの頃から一貫している。孤独な内面を抱え、焦燥し、絶望し、ときには狂気に陥る。ある場合には、ギリギリのところで踏みとどまる。危うい足どりを、じつに鮮やかな手つきで切り取るのが藤沢さんの真骨頂。新しい短編集には、相応に年を重ねた男が主人公として描かれる。ぎらついた若さは潮がひくように後退、五十の坂を越えて、体力も気力も衰えた。
そんな男の日常がふいにぐらりと揺れて、別の顔を見せる瞬間がある。そこを掬(すく)いあげる。じつに巧(うま)い。藤沢周は短編作家である。一例を挙げれば、荒れた別荘で草を刈るだけの行為が昔別れた女への未練とつながる「草屈(くさかまり)」など、読みながら笑い、手並みにうなる。