書評

『界』(文藝春秋)

  • 2017/12/11
界 / 藤沢 周
  • 著者:藤沢 周
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(179ページ)
  • 発売日:2015-04-24
  • ISBN:4163902503
内容紹介:
さまざまな場所に赴く主人公にまとわりつく官能と死、そして「誰か」の不在の気配。さまざまな記憶と啓示に満ちた傑作連作短編集。

人間の複雑怪奇、浮かび上がる

例えば、「市民」という政治学の用語がある。男だろうが女だろうが市民は市民であり、そこに違いがあってはならないはずだ。

しかし現実はより複雑である。この連作短編集は、男女の間に横たわる深淵(しんえん)を、絶妙な筆致で浮かび上がらせる。日本各地の謎めいた地名とともに語られる、齢(よわい)五十を過ぎた男の漂泊歴。佐渡の宿根木(しゅくねぎ)に近い床屋では日本海の波濤(はとう)を聴きながら理容師の女の剃刀(かみそり)に死の影を見いだし、愛知県の知立(ちりゅう)では夫から逃れてきた人妻と一晩をともにする。女からすれば身勝手な男のように映るだろう。だが、この榊(さかき)と名乗る男にいつしか肩入れしてしまう自分がいることもまた否定しようがない。

政治学者の丸山眞男にならっていえば、この種の小説には狭い日常的現実にとじこもる「実感信仰」がある。けれども人間というものの複雑怪奇さを文学から学ばずして、どうして「市民」という普遍的な理念に到達できようか。そんな読後感が残った。
界 / 藤沢 周
  • 著者:藤沢 周
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(179ページ)
  • 発売日:2015-04-24
  • ISBN:4163902503
内容紹介:
さまざまな場所に赴く主人公にまとわりつく官能と死、そして「誰か」の不在の気配。さまざまな記憶と啓示に満ちた傑作連作短編集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2015年6月14日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

関連記事
原 武史の書評/解説/選評
ページトップへ