書評
『名婦列伝』(論創社)
神話・伝説も含め大がかりに
室町時代の学者、一条兼良は日野富子のために書いた「樵談治要(しょうだんちよう)」で、日本を「女のおさむべき国」とし、天照大神、神功皇后といった女神や伝説上の皇后から飛鳥、奈良時代の女帝を経て北条政子に至る9人の女性を挙げている。そればかりか、中国の呂后、則天武后、宣仁皇后を権力を持った皇帝の母として位置づけている。しかしその一世紀あまり前、イタリアのフィレンツェ近郊では、はるかに大掛かりな女性たちの列伝が『デカメロン』の著者として知られるボッカッチョによって書かれていた。彼は、人類原初の母エヴァから古代ギリシア・ローマの神話上の女性や非キリスト教徒たちを経て、列伝を献呈するはずだったナポリ王国のジョヴァンナ一世に至る106人もの女性の伝記をラテン語で書いたのだ。本書は日本で初めてのラテン語原典からの翻訳に当たる。
高校時代に世界史を学んだ人でも、本書に収められた女性たちの名前をどれほど知っているだろうか。かく言う私自身も、クレオパトラなど少数を除いて全く知らなかった。
西洋でも古代から見られるように、本書にも女性蔑視的な視点がないわけではない。しかしボッカッチョは、男性に劣らない女性の文学や芸術などの才能に対しては礼賛の言葉を惜しまない。例えば、あるローマの女性センプロニアの弁舌を褒めるときには「女性の場合には最も称讃(しょうさん)されるべき資質であろう」とまで述べている。承久の乱に際して、巧みな弁舌で幕府の軍勢を感激させた話が伝わる北条政子を、一条兼良が称(たた)えたことが思い出される。
本書には、権力を持つ女性も多く登場する。容姿を武器に男性たちを籠絡(ろうらく)したクレオパトラへの評価は低いのに対して、貞操を守って体を鍛え、ローマに接する東方の帝国全土を支配したパルミューラ王国の女王ゼノビアへの評価は高い。ローマ皇帝ネロの母小アグリッピナと東ローマ皇帝コンスタンティヌスの母イレーネは、息子との確執を抱えつつ権力を握った点で共通するが、ボッカッチョの2人への評価は対照的である。
神功皇后やポントゥスの王妃ヒュプシクラテアのように、男装して戦ったとされる女性を称える一方、称徳天皇やイギリス人教皇ヨハンナのように、性欲に溺れたとされる女性を貶(おとし)めることは、洋の東西の書物に共通して見られる。だが、夫たちを殺害して女性の帝国を築いたアマゾーン族のような神話は、東洋では生まれなかった。本書に登場する女性たちを神話や伝説を含めた日本や中国の女性たちと比較することで、視野はいっそう広がるのである。
朝日新聞 2017年11月26日
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