書評

『大人は気づいてくれない 貧困脱出への伴走型支援』(岩波書店)

  • 2026/08/03
大人は気づいてくれない 貧困脱出への伴走型支援 / 池谷 孝司
大人は気づいてくれない 貧困脱出への伴走型支援
  • 著者:池谷 孝司
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(208ページ)
  • 発売日:2026-05-29
  • ISBN-10:4000617621
  • ISBN-13:978-4000617628
内容紹介:
打ち明けにくいけど、気づいてほしい――。困窮家庭の子どもの声を大人は聞き取れているか。もがく若者と家族を学校や社会につなぐのは支援者たち。埼玉県が全国に先駆けて始め注目される「伴走… もっと読む
打ち明けにくいけど、気づいてほしい――。困窮家庭の子どもの声を大人は聞き取れているか。もがく若者と家族を学校や社会につなぐのは支援者たち。埼玉県が全国に先駆けて始め注目される「伴走型支援」の現場でリアルな声を書きとめ、実態に迫る。熱い反響を集め、貧困ジャーナリズム賞を受賞した共同通信の長期連載に増補し書籍化。

目次

はじめに
第1章 DVに悩んで――秘密抱えた家族
第2章 ネグレクトされて――ぬくもりが欲しかった
第3章 障害を負って――先生になりたい
第4章 学びで変わる――支えるスタッフ
第5章 伴走は続く
一人目のキーマン 白鳥勲さん(彩の国子ども・若者支援ネットワーク初代代表)
二人目のキーマン 大山典宏さん(アスポートの生みの親、明治大学公共政策大学院教授)
三人目のキーマン 土屋匠宇三さん(彩の国子ども・若者支援ネットワーク代表)
アスポートの現在とこれから――土屋匠宇三さんに聞く
あとがき

子どもたちに道を開く「余計なおせっかい」

未成年の人が、朝起きることができない、その日にやらねばならないことができない、うまくいかないとすぐあきらめてしまう、放り出してしまう、人との距離のとりかたが下手、自己肯定感が低い、あるいは高すぎる……、それは個人の問題だと、私は無意識に思っていたことに、本書を読んでいて気づかされた。

朝起きられないのは個人の体質なのだろうし、あきらめ癖や放り出し癖はみずから身につけたもので、人との距離のとりかたも、失敗しながら個人が学んでいくしかないのだろう、と思っていた。

もちろんそういう場合だってあるだろう。でも、それだけではないことを本書は教えてくれる。朝起きられない子は、家事の苦手な親のかわりに、遅くまで家事をし、きょうだいの面倒を見ているヤングケアラーかもしれない。人との距離のとりかたが下手なのは、親がネグレクト気味だったせいで、他者とのかかわりかたを知らずに育ってしまったからかもしれない。そしてその問題は、それだけに帰結せず、広がっていく。朝起きられないから学校にいくのがめんどうになる、なんとなく不登校になる、高校進学が近づいてもどうしていいのかわからない、進学すらあきらめてしまう……。そんなふうに、ひとつの問題はべつの問題に結びつき、肥大化する場合もある。

貧困家庭の、とくに子どもに焦点を当てた本書は、埼玉県が二〇一〇年にはじめた、生活保護家庭を対象にした支援事業「アスポート」の活動を取材して書かれている。アスポートの最大の特徴は、行政と民間団体がタッグを組んで、生活保護家庭などを訪問し、支援につなげる点である。支援の対象は、大人たちの就労や住宅問題もあるが、本書では子どもの教育に焦点をあてる。

その教育部門を受け持つのが、全国に広がりつつある「無料塾」。講師たちはボランティアで、公共施設を借りて、有料塾に通えない子どもたちに補習や進学指導を行う。

アスポートと連携している無料塾は、勉強だけを教えるのではない、そのことにまず驚いた。訪問家庭に問題のある子どもがいれば、その子どもをなんとか無料塾まで連れ出す。最初は散歩でもいい。そこで食事をともにするだけでもいい。困りごとをさぐっていく。勉強はそこからだ。

さらには、高校にあるきっかけで通えなくなった生徒に、自主退学を思いとどまらせたり、定時制への転校を勧めたりもする。引っ越しも手伝う。未成年者の生活保護の申請や子ども食堂など、公的支援にもつなげていく。私的な相談にものるし、愚痴も聞く。保護者である母親の話し相手にもなる。一見おせっかいにも思えるが、「余計なおせっかい」こそだいじだとスタッフは言う。

もちろんそこまでにいたるには、心を開いてもらわないといけない。ドアを開けてくれない子に会いに、支援なんかいらないと言う子に会いに、スタッフはその家に通い続ける。気づいているよと知らせ続ける。

貧困家庭とひとくくりにはできないほど、家庭ごとにさまざまな事情を抱えている。父親が暴力を振るう、親がネグレクト気味、親が亡くなり、引き取ってくれた親戚が病気で働けなくなった……、さまざまな事情で子どもたちは勉強できず、ときにはその気力も失われ、どの問題からどのように解決すればいいのかわからず、八方塞がりになる。そこになんとかして出口を見出(みいだ)すのも、また、無料塾の役割なのである。

勉強も、日々を生きることも、根本は同じなのかもしれない。英語でも算数でも、わからないと言えず、わからないままにしてきたことが、ていねいに教わることで、あるときぱっとわかる。そのとたんにおもしろくなる。それだけではない、わからないと言うことができ、教えてと言うことができるようになる。

さまざまな公的支援や制度も、子どもたちは知らない。どの支援、どの制度が利用できるか教えてもらったときに、道が開ける。どちらも、「わかる」ことは、扉が開くことなのだ。扉を開いて、開き続けて、進んだ先に、貧困の連鎖を立ちきる可能性がある。

大学進学をあきらめかけていた弱視の高校生が、無料塾のスタッフに支えられ、大学入学を果たすくだりでは、読み手の私もまた扉が開き光がさしこむのを感じた。だからそのぶん、入学直後にはじまったパンデミックの流れでは地団駄(じだんだ)を踏みたいくらいくやしかった。

ひとつうまくいったから、すべてがうまくいくなんてことはない。年齢が若いぶん、判断力が乏しく、得られる情報も限られてしまうのだろうし、それにくわえて、今まで抱えてきた問題の多さゆえに、どうせ無理だという思考が消えないのかもしれない。無料塾のスタッフが粘り強く教えるのは、勉強というよりむしろ、それら困難をひとつずつ乗り越える力であるように私には思えた。

自立するということは、いろんな人に頼れることだというスタッフの方の言葉が非常に印象的だった。
大人は気づいてくれない 貧困脱出への伴走型支援 / 池谷 孝司
大人は気づいてくれない 貧困脱出への伴走型支援
  • 著者:池谷 孝司
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(208ページ)
  • 発売日:2026-05-29
  • ISBN-10:4000617621
  • ISBN-13:978-4000617628
内容紹介:
打ち明けにくいけど、気づいてほしい――。困窮家庭の子どもの声を大人は聞き取れているか。もがく若者と家族を学校や社会につなぐのは支援者たち。埼玉県が全国に先駆けて始め注目される「伴走… もっと読む
打ち明けにくいけど、気づいてほしい――。困窮家庭の子どもの声を大人は聞き取れているか。もがく若者と家族を学校や社会につなぐのは支援者たち。埼玉県が全国に先駆けて始め注目される「伴走型支援」の現場でリアルな声を書きとめ、実態に迫る。熱い反響を集め、貧困ジャーナリズム賞を受賞した共同通信の長期連載に増補し書籍化。

目次

はじめに
第1章 DVに悩んで――秘密抱えた家族
第2章 ネグレクトされて――ぬくもりが欲しかった
第3章 障害を負って――先生になりたい
第4章 学びで変わる――支えるスタッフ
第5章 伴走は続く
一人目のキーマン 白鳥勲さん(彩の国子ども・若者支援ネットワーク初代代表)
二人目のキーマン 大山典宏さん(アスポートの生みの親、明治大学公共政策大学院教授)
三人目のキーマン 土屋匠宇三さん(彩の国子ども・若者支援ネットワーク代表)
アスポートの現在とこれから――土屋匠宇三さんに聞く
あとがき

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2026年7月11日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

ALL REVIEWS 書評講座(オンライン受講) ≫オンラインで参加する
現地満席|オンライン参加OK
「読む」側から、 「書く」側へ。
オンライン参加OK/過去回アーカイブ付。
全12回・途中申込OK。豪華講師陣の書評講座、開催中。
  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
角田 光代の書評/解説/選評
ページトップへ