書評
『近代天皇と競馬――「帝国の賭博者」をめぐる主体性と偶然性』(明石書店)
著者は大学生のとき競馬に親しんでいただけなのに、それが高じて競馬を基軸にした日本政治思想史まで掘り下げる偉業を成し遂げた。苦節20年を重ねながらよくぞここまで築き上げたものだと感服する。
近代競馬の発祥地である英国にならって欧米諸国と植民地に普及した競馬が、植民地にもならなかった日本にあって今や世界有数の競馬先進国に成長したのはなぜか。大衆文化としてのみ理解されがちな競馬であるが、それが「天皇賞」に見られるごとき天皇ならびに皇室の手引きであるかのように容認されてきたのが日本であった。その背景には明治以来の近代化の過程で「ギャンブルを振興するミカド(帝)」像が「帝国臣民」としての競馬ファン(帝国の賭博者)に支えられてきたという偶然の了解があることは忘れてはならない。このような下地があってこそ、19世紀の欧米列強の勢力拡大のなかで不平等条約をはねのけ、数十年で西欧諸国と肩を並べ列強の一翼を担う主体性を築くことができた。やがて敗戦後の象徴天皇制のなかでも、日本社会特有の権威のひとつとして存続している。正統派政治思想史の盲点をつく高論として歓迎したい。
近代競馬の発祥地である英国にならって欧米諸国と植民地に普及した競馬が、植民地にもならなかった日本にあって今や世界有数の競馬先進国に成長したのはなぜか。大衆文化としてのみ理解されがちな競馬であるが、それが「天皇賞」に見られるごとき天皇ならびに皇室の手引きであるかのように容認されてきたのが日本であった。その背景には明治以来の近代化の過程で「ギャンブルを振興するミカド(帝)」像が「帝国臣民」としての競馬ファン(帝国の賭博者)に支えられてきたという偶然の了解があることは忘れてはならない。このような下地があってこそ、19世紀の欧米列強の勢力拡大のなかで不平等条約をはねのけ、数十年で西欧諸国と肩を並べ列強の一翼を担う主体性を築くことができた。やがて敗戦後の象徴天皇制のなかでも、日本社会特有の権威のひとつとして存続している。正統派政治思想史の盲点をつく高論として歓迎したい。
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