前書き

『[ヴィジュアル版]ゴシック全書』(原書房)

  • 2022/11/08
[ヴィジュアル版]ゴシック全書 / ロジャー・ラックハースト
[ヴィジュアル版]ゴシック全書
  • 著者:ロジャー・ラックハースト
  • 翻訳:大槻 敦子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2022-09-26
  • ISBN-10:4562071885
  • ISBN-13:978-4562071883
内容紹介:
ゴシックの歴史的な経緯から発展を、全編にあふれるフルカラー図版とともに案内する唯一無二の「宝庫」。
尖塔をたたえた歴史的建造物から説き起こし、廃墟や迷宮、森、荒野、そしてモンスターにいたるまで、「ゴシック」が時空を超え世界に拡散していくさまをフルカラー図版とともに案内した書籍『[ヴィジュアル版]ゴシック全書』。本書より、日本語版監修者・巽孝之による序文を公開します。

建築、文芸、映像まですべてを網羅


かつて歴史的概念としての「ゴシック」(Gothic)の定義は、おおむね枠組が決まっていた。
その語源は本来「ゴート族(the Goths)の」とか「ゴート族風の」という意味で、古代ヨーロッパのゲルマン系民族に端を発する。ゆえにギリシア・ローマの端正な古典的リアリズムに対して、ゴシックはもともと「暗黒な中世」の意味合いと「野蛮」のニュアンスを帯びていた。ゴシックとはローマ帝国を崩壊させたゴート族のごとくに粗野で不快な美意識だったのだ。


歴史的には、ルネッサンスからバロックへの過渡期である 16世紀に、イギリスにおいてヘンリー8世が行った宗教改革の影響があるだろう。自身の離婚問題をきっかけにローマン・カトリックと訣別しイギリス国教会を創始したことで、カトリックの修道院は軒並み財産没収され、打ち棄てられて廃墟化した。そんな荒野には亡霊が徘徊し、美女が地下室に閉じ込められているかもしれない。狂気すれすれの天才科学者が秘密の館で神をも恐れぬ実験に精を出しているかもしれない。かくして暗く陰鬱で怪奇・幻想的で神秘的なイマジネーションが喚起され、 18世紀末のイギリスに、ホレス・ウォルポールが1764年に出版した『オトラント城奇譚』を嚆矢とし、アン・ラドクリフやマシュー・グレゴリー・ルイスからメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818年)へと続く系譜が織りなされ、古今い中世風のゴシック・ロマンスのジャンルが生まれ落ちた。



こうした伝統が大西洋を渡り、チャールズ・ブロックデン・ブラウンやエドガー・アラン・ポーを嚆矢とする「アメリカン・ゴシック」が勃興する。そこでは、ヨーロッパの荒地がアメリカの荒野に、古城や廃墟での捕囚がアメリカン・インディアンによる捕囚に置き換えられた。古典的リアリズム文学が精密科学的な模倣原理(ミメーシス)に基づく一方、ゴシック文学が超自然的な因果応報(ネメーシス)に立脚する点においても、植民地時代を突き動かし17世紀末にはセイラムの魔女狩りすら展開したピューリタン的無意識が作用していただろう。


だが、ここに届けられた現代イギリスを代表する文学史家ロジャー・ラックハースト(1967年生まれ)の新著は、以上の常識的なゴシック史をふまえつつ、21世紀現在の視点から、その文化史的意義をさらにひとひねりしてみせる。SFや幻想小説の内部にその伝統がいかに脈々と根づいてきたか、しかもそのアダプテーションたる大衆映画の内部でいかにゴシック的想像力が国境横断的に――それも欧米のみならずアジアにまで――拡散してきたかを、該博な知識と綿密な調査、そして華麗な映像をふんだんにリミックスして、説得力十分に実証していく。ハリウッド名画『サイコ』(1960年)から我が国の誇る『ゴジラ』シリーズ(1954年~)、さらには中国系アメリカ人作家の原作に基づく『メッセージ』(2016年)までが盛り込まれていく展開は、まさに圧巻というほかない。

[書き手]巽孝之(アメリカ文学者、SF批評家)
[ヴィジュアル版]ゴシック全書 / ロジャー・ラックハースト
[ヴィジュアル版]ゴシック全書
  • 著者:ロジャー・ラックハースト
  • 翻訳:大槻 敦子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2022-09-26
  • ISBN-10:4562071885
  • ISBN-13:978-4562071883
内容紹介:
ゴシックの歴史的な経緯から発展を、全編にあふれるフルカラー図版とともに案内する唯一無二の「宝庫」。

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