もう一度 倫敦巴里
- 著者:和田 誠
- 出版社:ナナロク社
- 装丁:単行本(176ページ)
- 発売日:2017-01-21
- ISBN-10:4904292715
- ISBN-13:978-4904292716
- 内容紹介:
- 和田誠の戯作・贋作大全集。これが遊びの神髄だ!
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トンネルを抜けると雪国だった。
この書き方は正確ではない。トンネルを抜けなくたって、雪国なのである。しかし、トンネルを抜けたら雪国だったというのは、私におけるひとつの観点である。当っているかもしれないし、当っていないかもしれない。
全く久しぶりで汽車に乗った。(中略)
汽車が止まると、私の前の席の若い女が立上がっていきなり窓を開けた。雪の冷気が流れ込んで寒い。寒がりの私にはどうにも迷惑であるが、それに気がつく様子はない。こういう人がふえてきたように思われる
国境のトンネルはなにしろ長くて、ぼくはちょうど持っていたソニーのトランジスタラジオから流れてくる「真実一路のマーチ」なんかをボヤッと聞いているうちに、汽車がその相当長いトンネルを抜けでると(どうも唐突だけれど)、そこは雪国だった。(中略)
汽車が信号所に止まると、ぼくの前の席の女の子が(どうしようもないおかしな魅力のある人なんだ)、窓を開けて叫んだ。「駅長さあん、駅長さあん」(後略)
無知で無能で無感覚で、無関心で、無作で無為で無援で無学で無軌道で、無芸で無策で無残で、無自覚で無趣味で、無造作で無恥で無ちゃくちゃで無定見で無益で無責任で、そのくせに自分では無類のお人好しだと思い込み、無欲だと思い込み、無償の芸術にいそしみ、無邪気で無心で、無視されることをおそれているくせに、無我の境地にいると信じ、無やみにオンナを欲しがり、無罪を主張し、無精卵のオンナが好きで、無断でオンナと寝、自分には無批判で、無力だからって哀願し、無欲だからって人の同情をあてにし、無限に生きていくつもりで……