書評

『とりとめなく庭が』(ナナロク社)

  • 2020/02/04
とりとめなく庭が / 三角みづ紀
とりとめなく庭が
  • 著者:三角みづ紀
  • 出版社:ナナロク社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(128ページ)
  • 発売日:2017-09-19
  • ISBN-10:4904292766
  • ISBN-13:978-4904292761
内容紹介:
詩人・三角みづ紀はじめてのエッセイ集。書き下ろしを含む詩とエッセイ三十篇。

詩とエッセー 芳醇に転がる魂

本書の題名がよく示しているように、エッセーの面白さは「とりとめもない」ところにある。著者の感情がそのまま盛り上がっているときの文体に触れることができるのが、優れたエッセーの魅力だ。

スロベニアの首都リュブリャナに住む友人が庭を見ながら著者に言う。この庭は「二百年になる」と。真夜中に目玉焼きとパンを運んできて、著者に聞く。「おいしいか」。「おいしい」と答える。著者は考える。「このままでは二百年なんてすぐに過ぎてしまうだろう」。幸福なときの感情の見事な描写だ。

著者はしばしば旅をする。散歩するときでも、必ずカメラをポケットにしのばせる。写真と映像を美術大学で学んだ。それから詩を書き始めた。エッセーはその後、書き始めたのだが、本書で詩とエッセーの違いを、面白い比喩で語っている。

「いまのわたしにとって詩は写真でエッセーは映像に近い」(「あとがき」)。ちなみに、ここでの「映像」は静止画ではなく動画のこと。

「瞬間を写真におさめるという行為は、風景でも記録でもなく、みずからの感情だ」(「散歩にでかける」)と著者は言う。その「瞬間」が彼女にとっての詩。感情は日々、ころころと転がる。その転がる音の響きと動きを描くことが、彼女にとっての映像=エッセーなのだ。言葉を求めて転がり続ける魂が、ふいに窪(くぼ)みを見つけて止まるように、そこがもともと目指していた場所のように、著者の文章は最後に、つねに見事な落とし処(どころ)を持っている。

まことに三角みづ紀は、なんでもない日常のなかで、言葉が孵化(ふか)していくときの動きを繊細に綴(つづ)る技術に優れている。しかもエッセーのなかに、絶妙のタイミングで短い詩を入れる。例えば、膠原(こうげん)病の全身性エリテマトーデスという難病に罹(かか)り、紫外線を避ける生活を余儀なくされた彼女が、海外の南の島の海辺にいたときのこと。陽光あふれる海辺で友人たちが泳ぐ姿を、浜辺で椅子に坐(すわ)って見ている。ここから普通は、自分の病気にまつわるコンプレックスに結びつくはずなのだが、そうはならない。ふいに、こんな詩が挿入される。

「もう 無理だという/ことも無理ではなく/難しくしているのは/自分自身を括るから/遠い笑顔が眩しくて/そう思う わたしも/眩しさであるだろう」(「波の声」)

一気に、読者は健康な友人たちの眩(まぶ)しい笑顔と同格の、病身の眩しさのなかにいる著者を知って、目を細めることになる。ここでの「眩しさ」という日本語の、なんという新鮮なことか。

「言葉を伝える者はからっぽの器みたいなもので、そこに想いが溜まっていき、あふれだしたときにようやく文章になる」(「わたしのなかの器」)。

その「からっぽの器」の自覚がある人とない人とでは、言葉の速度が違うのである。例えば、恋人と喧嘩(けんか)をした後のこと。エッセーではこうなる。「わたしが覚えているかぎりの言葉を声にだして、ひとしきり祈った。(中略)次に彼に会ったら謝ろうと思う」。ここまでは説明。そしていきなり詩に飛ぶ。

「感情がなく育ったような/朝は誰にでもおとずれる/ドアを ノックするから/鍵を開けて 待っていて/無心で君の声を想起して/そこへ向けて祈っている/わたしの指は十本もある」(「一途」)

「指は十本もある」! いくらでも祈りたいという感情の膨らみを、手をあわせたときの十本の指という静止画で描き、瞬間を止める。詩とエッセーがかぎりなく近づいたときの、芳醇(ほうじゅん)な日本語の世界がここにある。
とりとめなく庭が / 三角みづ紀
とりとめなく庭が
  • 著者:三角みづ紀
  • 出版社:ナナロク社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(128ページ)
  • 発売日:2017-09-19
  • ISBN-10:4904292766
  • ISBN-13:978-4904292761
内容紹介:
詩人・三角みづ紀はじめてのエッセイ集。書き下ろしを含む詩とエッセイ三十篇。

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初出メディア

熊本日日新聞

熊本日日新聞 2017年10月15日

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