作家論/作家紹介

【ノワール作家ガイド】チャールズ・ウィルフォード『危険なやつら』『マイアミ・ブルース』『あぶない部長刑事』

  • 2017/12/03
チャールズ・ウィルフォードは日本では非常にぞんざいな扱いを受けている作家である。主要著書がほとんど紹介されておらず、かろうじて最晩年の数冊だけが訳されている状況だ。彼は一九一九年にアーカンソーで生まれたが八歳のときに両親に見捨てられて孤児同然の身の上になった。以降は親戚の家に預けられて育ち、やがてそこも飛び出して放浪生活に入るのである。さらには、一六歳のとき、年齢をごまかして陸軍に入隊以降二〇年間を軍籍で過ごしている。第二次大戦中は戦車兵としてバルジ戦線で活躍、戦後になって初めて軍以外の職業に眼を向けた。さまざまな職業に手を出しながら――馬の調教師、ボクサー、ラジオ・アナウンサーなど――、その合間に詩作を開始。だから彼の最初の著書は詩集である(『Proletarian Laugher』四八)。その後、五三年にようやくペーパーバックの小説家としてデビューした(『High Priest of California』)。

私はデビュー作を未読だが、評論家・滝本誠によれば、この小説は「車のディーラーである一人の青年を告白体で淡々と語っていく」ものであるが、「多くの読者が期待するアクンョンは何も起こらない」「煽情性皆無でしかもアンチ・クライマックス精神が徹底」「ノワールのロマンティシズムはかけらもない」という、およそ一般受けのしない作品であったようだ。最初に作品を贈られたゴールド・メダル社(デイヴィッド・グーディスの版元である)の編集者いわく――「ウィルフォードの主人公は好きになれない。はっきりいってウィルフォードも好きになれない。彼のものは二度と送ってこないように」。しかし長刃のナイフを日常的に持ち歩くインテリ崩れの青年、という主人公には、日常性の論理ではわりきれない、どこか壊れたものを感じる。あるいはレイモンド・カーヴァーや、彼に影響を受けた八〇年代の作家の小説に似たものがあったのではないだろうか。

紆余曲折を経て『High Priest of California』はロイヤル・ジャイアント叢書から刊行、翌年第二作『Pick-up』が出版されるが、どれも売れ行きは芳しくなく、以降不遇の作家人生を送ることになるのである。だがこれは小異はあっても大方のパルプ・ノワール作家に共通した運命だったようだ。ジム・トンプスンしかり、デイヴィッド・グーディスしかり。あのエルモア・レナードだって、『グリッツ』の成功が無ければ、単なるウェスタン小説崩れの売れない犯罪小説作家で終わるところだったのである。

彼らが評価されなかった理由はいろいろあるが、いちばん大きいのは読者に迎合したサーヴィスをやらなかったことだろう。読者の要求といえば、猟奇と煽情である。例えばトンプスンの小説には暴力だけはしこたま入っているが、とても読者の喜ぶような形ではない。しかも自己模倣を嫌がって毎作ごとに異なったネタを提供しようとするから、なじみのあるシリーズ・キャラクターも登場しないのである。

その点、ウィルフォードは最晩年に一つだけ妥協を行っている。読者に愛されるキャラクターを創造したのである。その名もホウク・モウズリー。マイアミ警察殺人課の部長刑事である。とはいえ、このモウズリーはいわゆる警察小説のヒーローとはまったく違っていた。八四年の『マイアミ・ブルース』に初登場したときからすでに、モウズリーは疲れ果てていた。別れた妻への慰謝料を払うためにとことん貧乏であり、マイアミ警察の上司ともうまくいっていない。おまけに事件とは関係なく、自身がトラブルに巻き込まれたりもするのだ(『マイアミ・ブルース』では入れ歯を盗まれる)。彼の登場作は全部で四作あるが、そのうちの第三作『あぶない部長刑事』(八七)ではついに心労のために燃え尽き症候群に陥ってしまう。このモウズリーのシリーズは百歩譲ってもノワールとは言い難いが(そして、それゆえに一般の人気が出たのだが)、やはり随所にノワールらしい悪夢のような舞台設定は残している。

だが、今手にとることができ、かつノワールという条件を満たす作品といえば、『危険なやつら』(九三)である。これは、四部構成の作品だが、一部発表済みの原稿に未発表原稿をくっつけて無理矢理一つの小説にしたもの、であるらしい。いかにもこの作者らしい奇妙な魅力に満ち溢れた小説である。再び滝本誠の文章を引用するならば、「全体のストーリーの関節が魅力的に外れていくクソッタレ!」の魅力だ。

これは四人の男たちの物語である。マイアミの高級単身者専用アパートメントに住む男たち――警備会社の警備主任ラリー、製薬会社のすご腕セールスマン・ハンク、パイロットのエディー、銀食器製造会社社長のドン――は、気の合う飲み仲間だ。独身者同士(中には離婚歴のある者もいるが)のパーティーがどんな方向に向かうかはだいたい見当がつくだろう。彼らの話は当然下半身方面に向かい、やがてプレイボーイのハンクが一時間半以内に女をひっかけられるか、という賭けにエスカレートしていく。ところがそれがトラブルの元だったのだ。ハンクは確かに女をひっかけるが、それは一四歳のヤク中の少女で、あげくの果てにはハンクの車に乗ったとたん、指一本触れる間もなく勝手に死んでしまうのだ。

この少女の死体を始末するくだりから、物語はだんだんアウトな方向へそれていき、正気の歯止めを失っていく。そして第二部。くだんの事件から一年後だ。第一部の話は横に置いといて、という感じでまったく違った話が始まるのである(そこが寄せ集めたるゆえんだが、なんの弁明もないので、逆にうっすら寒気を感じさせられる)。こうして第四部まで、物語(?)はふらふらと進んでいき、ある人物の死と男たちの高笑いで幕を閉じる。

このように『危険なやつら』は実によく「壊れた」ノワール小説である。これを機会に他の未訳作品が刊行されることを祈りたい。

【必読】『危険なやつら』『マイアミ・ブルース』『あぶない部長刑事』
危険なやつら  / チャールズ ウィルフォード
危険なやつら
  • 著者:チャールズ ウィルフォード
  • 出版社:扶桑社
  • 装丁:文庫(388ページ)
  • ISBN-10:4594019099
  • ISBN-13:978-4594019099

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マイアミ・ブルース  / チャールズ ウィルフォード
マイアミ・ブルース
  • 著者:チャールズ ウィルフォード
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:文庫(306ページ)
  • ISBN-10:4488242014
  • ISBN-13:978-4488242015

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マイアミ・ポリス あぶない部長刑事  / チャールズ ウィルフォード
マイアミ・ポリス あぶない部長刑事
  • 著者:チャールズ ウィルフォード
  • 出版社:扶桑社
  • 装丁:文庫(398ページ)
  • ISBN-10:4594004946
  • ISBN-13:978-4594004941

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ユリイカ

ユリイカ 2000年12月

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