作家論/作家紹介

【ノワール作家ガイド】ジョー・ゴアズ『野獣の血』『マンハンター』『狙撃の理由』『脅える暗殺者』

  • 2018/03/08
一九三一年、ミネソタ州生まれ。さまざまな職を経て、ロサンジェルスで二年間私立探偵として働く。六九年に発表した長篇ハードボイルド『野獣の血』でアメリ力探偵作家クラブ最優秀処女長篇賞を受賞する。第二長篇『死の蒸発』で開始された、DKA探偵社のシリーズは、現在五作を数え、私立探偵小説としては希有な、複数の探偵の調査を並行して語る形式をとっている。

TVや映画の脚本家としても高い評価を得ているほか、ダシール・ハメットの研究者としても名高く、私立探偵時代のハメットを主人公としたミステリ『ハメット』も発表しており、本作は映画化もされている。

ジョー・ゴアズについて語られる際、必ず持ち出されるのが、自身も探偵であったという経歴である。集団私立探偵小説シリーズ「DKA探偵社」物の綿密かつ鮮烈なディテイル描写などから、その経験が実作に大きく影響を与えていることがわかる。だが、忘れてはならないのは、ゴアズがハメットの研究者であり、「ハードボイルド/ノワール」と呼ばれる小説の根幹について、非常に自覚的な作家であるということだ。

そのことは、すでに処女長篇『野獣の血』に如実に現われている。本書は、妻を自殺で失った男が、妻をレイプした不良少年たちに復讐を企む物語なのだが、主人公の設定に舌を巻く。彼は大学の社会学教授、それも「暴力」についての講座をもつ男なのだ。暴力を理性的に検討する男が、激情によって、現実に暴力者となるという本書(原題は「A Time od Predators」――『捕食獣どもの時』)のプロットは、この作品が「ノワール」と呼ばれる犯罪小説/暴力小説の本質それ自体を主題にしていることを示している――極限状況においては、社会や文明に代表される人間の「理性的なる部分」は無効となり、抑圧されてきた「野蛮で非理性的な部分」が噴出するという。

要するに『野獣の血』は(激情を発散するスピーディな復讐小説である上に)ノワールについての批評という性質をもつ作品なのだ。

この処女長篇で、人間に内在している「文明/野蛮」「理性/非理性」「暴力/非暴力」のせめぎあいを巧みに描いてみせたゴアズだが、これ以降も、この主題についての追究は一貫してつづけられる。DKAシリーズをあいだにおいて発表された第四長篇『マンハンター』、さらに第八長篇『狙撃の理由』、第二長篇『脅える暗殺者』がそれである。

犯罪組織に戦いを挑む凄腕の殺し屋をめぐって、凄絶な追跡の物語が疾走する傑作ノワール『マンハンター』は、ラストで衝撃的な真実が明かされる作品であるため、ここでは詳述は避けざるを得ないが、ラストでのこのショッキングな「転回」は、前述したような人間の内なる「理性/非理性」のせめぎ合いを、すこぶる劇的なかたちで変奏したものと読めないだろうか?

一方、『狙撃の理由』は、突如、何者かに狙撃されて瀕死の重傷を負った男が狙撃者を捜す物語だが、鍵となるパートが都市でなく「森」で展開されるため、ノワールの必要条件である「都市小説」の要素を欠いているとも言え、また、アウトドアでのマンハントが主眼になっていることから、表面的には「冒険小説」ともとれる。だがしかし、都市に象徴される「文明」から切り離された場所で、一介の市民だったはずの男が暴力者となる、という構造に注意。「都市=文明=秩序」と「自然=衝動=混沌」の二項対立がはっきりと刻印されている。主題の追究が、ラディカルな地点にたどりついた結果として、物語がノワールの意匠からはみ出したにすぎない。

『脅える暗殺者』に至ると、ゴアズの問題意識はさらにラディカルになっている。物語の質感は、一見『野獣の血』に似ている。大学で人類学を講じる教授が登場するからだ。その一方で、裏社会の人間を殺害してゆく謎の暗殺者「ラプター」の物語が進行する。さらに物語の節目節目に、大学教授による「ホモ・サピエンス」に至るまでの原人の進化の過程の講義が引用される。ふたつの物語が収東する瞬間には、ミステリらしい「驚愕」が演出されているのだが、ここでは、本書におけるゴアズのノワール批評的な企みを見たい。

この作品でゴアズは、サイコパス的な現代風の殺人者をとりあげていると見せて、そこに大学教授とその講義という補助線を与えることで、暴力衝動は「現代的」な「病理」ではなく、原人の頃から人間という生物に組み込まれている「本能」の発露にすぎない、と語っているのだ。「理性/非理性」だの「正常/病理」だの「善/悪」だのといった、価値に基づく線引きは、こと暴力に関するかぎり無効なのだというのが、本書でたどりついたゴアズの結論であるように思われる(事実、こうした主題を扱ったゴアズ作品は、現時点では『脅える暗殺者』が最後である)。

ノワールの根本的な主題は、ジム・トンプスンの名作がいうところの「内なる殺人者」――文明の内にあってなお消せない獣性の問題だ。ゴアズの作品群は、「内なる殺人者」こそが人間の本質なのだ、ということを繰り返し語っている。「内なる殺人者」はとりたてて現代的なものではなく、人間の内に本来的に存在しつづけてきたものなのだと。

だからゴアズのノワール作品には、ニューロティックな不安も、閉塞感/絶望感の生む暗さもあまり漂わない。そこにあるのはむしろ、厄介な文明のくびきから解き放たれた自然があげる、一種の凱歌なのだ。

【必読】『野獣の血』(角川文庫)、『マンハンター』(角川文庫)『狙撃の理由』(新潮文庫)『脅える暗殺者』(扶桑社ミステリ―文庫)
野獣の血 / ジョー・ゴアズ
野獣の血
  • 著者:ジョー・ゴアズ
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:文庫(335ページ)
  • ISBN:4042530060

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マンハンター  / ジョー・ゴアズ
マンハンター
  • 著者:ジョー・ゴアズ
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:文庫(323ページ)
  • ISBN:4042530036

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狙撃の理由  / ジョー ゴアズ
狙撃の理由
  • 著者:ジョー ゴアズ
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(587ページ)
  • ISBN:4102323023

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脅える暗殺者  / ジョー ゴアズ
脅える暗殺者
  • 著者:ジョー ゴアズ
  • 出版社:扶桑社
  • 装丁:文庫(564ページ)
  • ISBN:4594022995

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初出メディア

ユリイカ

ユリイカ 2000年12月

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